市民講座

■講座内容■
パリ・ルーブル美術館館長が館内のイタリア絵画展示室で<大の字>(ウィトルウィウス型)になって死んでいたという殺人事件で、『ダ・ヴィンチ・コード』は始まります。死の数日前に館長に呼び出されていたハーバード大学シンボル学教授はこの事件の謎を解いていきます。そこで浮かび上がるのは、聖盃伝説であり、シオン修道会、テンプル騎士団、オプス・デイといった耳慣れない団体、さらにはアナグラム(隠し文字)、ペンタグラム(五芒星)、アンク十字などの象徴で、最終的にはイエスの子孫が現在も生きているという衝撃的な結末を迎えます。この結末を支持する証拠となったのが、レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』でした。
16-17世紀の美術作品は、同時代に出版された象徴解説本を参照すると、『ダ・ヴィンチ・コード』ほど衝撃的ではありませんが、一見しただけではわからない「はっとする」ような意味が浮かび上がってきます。講座では、毎回、一作品を取り上げ、画面に宿る象徴を解読しながら、西洋に独特の思想(アダム神聖語、寓意、キリスト人性論)や文化(印刷術、結社ネットワーク)を解説します。シンボル学教授になったつもりで象徴の美術散歩を楽しんで下さい。


■予定■(2011年)
10/14, 10/21, 《隠れている謎》から《謎の落とし穴》へ
(1)レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」とホラポッロー『聖刻図像文字』
(2)ホラポッローとデューラー「皇帝マキシミリアーノの凱旋門」

11/11, 11/18,《謎解読の鍵》から《解読の迷宮》へ
(3)ブロンツィーノ「愛の寓意」とリーパ『図像学』
(4)リーパとティツィアーノ「賢明」

12/09, 12/16, 《鍵と宗教》から《非合理の教理と驚異》へ
(5)ファン・エイク「授乳の聖母」とキリスト教寓意
(6)ジョヴァンニ・ベッリーニ「聖母子」と人間イエス

日時 全6回 第2・3週 金曜 15:30-17:30



■講師紹介
上智大学文学部卒、大阪大学大学院博士後期課程満期退学。ハーバード大学客員研究員、オックスフォード大学客員研究員。『フーコーの投機体験:「これはパイプでない」探求』(渓水社)、共著 Milton in Context (Cambridge University Press)、 共訳書『世界シンボル辞典』(三省堂)。





第1回 講義用パワーポイント   ●講義配布資料

●挿絵はダ・ヴィンチ『聖アンナと聖母子』です。この絵には仔羊以外にもう一匹動物が隠れています。





●ホラポッロー『聖刻図像文字』 ギリシア語写本をラテン語訳したもの (1595年)。



見学コース : ダ・ヴィンチ・コード:ルーヴルを散歩する−フィクションとノン・フィクションの間で−



第2回 講義用パワーポイント  ●講義配布資料 (聖顕文字解読付き)


●挿絵はデューラー「マクシミリアン皇帝の凱旋門」の部分です。






●全体はこのように巨大で、緻密なものです。





●「憂鬱その1」。同じデューラーによる作品です。「凱旋門」木版画であるのに対して、こちらはエッチング(銅板画)です。週刊誌よりも少し小さめの大きさです。
女性の頭上にある魔方陣は、縦横、対角線上の数字の和が34、そしてそこには「憂鬱その1」というタイトルとアルブリヒト・
デューラーの名前が隠されています。





受講生からの質問
●現在、日本で手に入るエンブレム集の翻訳は?
アンドレア・アルチャーティ『エンブレム集』(伊藤博明訳, ありな書房, 2000年)
オットー・ファン・フェーン『愛のエンブレム集』(伊藤博明訳, ありな書房, 2009年)
水之江有一『図像学事典―リーパとその系譜』(岩崎美術出版,1991)
鈴木のサイトでは、アルチャートの翻訳があります。

概説書として
マリオ・プラーツ『綺想主義研究: バロックのエンブレム類典』(伊藤博明訳, ありな書房, 1998年)

●「憂鬱 I」中のやせた犬について詳しい解説は?
「知的な犬は憂鬱になる」(パノフスキー『アルブリヒト・デューラーの生涯と芸術』)という言及以外に、見当たりません。
パノフスキー他著『土星と憂鬱』でもこれ以上の言及はありません。

●魔方陣中の和が34になることとこの銅板画との関係は何か。
メランコリア(憂鬱)には三段階あると述べたドイツのオカルト学者がいます。デューラーの同時代人で、ハインリッヒ・コルネリウス・アグリッパという人で、『オカルト哲学』という著作があります。この本の中に魔方陣を扱う箇所があり、各惑星に対応する魔方陣の作り方を教えています。それによれば34は木星(ユッピテル)を表します。そして、憂鬱を天才気質と読み替えたイタリア哲学者フィッチーノは、木星は土星(サトゥルヌス 憂鬱)から放たれる影響を抑止する力があると述べています。




第3回 講義用パワーポイント  ●講義配布資料

●今回は、ブロンツィーノ 「ウェヌス女神の勝利のアレゴリー」(通称)です。画面右後の少女の下半身に注目して下さい。また左上の眼のない顔は何でしょうか。





受講生からの質問
●図像を解読するための手軽な事典は?
ホール『西洋美術解読辞典』(河出書房新社) この一冊で通常は間に合います。

●前回のデューラーの「霧」は何か?
「教育をあらわすため、露をそそぐ天を描く。これは、露が落ちて植物にあたり、植物の性質にしたがってそれぞれに柔らかくなる。ただしなかには堅いままのものあって、どの植物には同じように作用するわけではない。同様に教育も、才能のある人は甘露のように飲み干すが、そうでない人は飲みこめない。」(ホラポッロー『聖顕図像文字』)



第4回 講義用パワーポイント(修正版 2011年11月21日)  ●講義配布資料


●ティツィアーノ 「<慎重>」(通称)は、人間と動物の三頭が組み合わさった奇妙な形像が画面に広がっています。しかしそれだけではありません。じっと見ると、文字がどこかに見えてくるはずです。奇妙な形像とこの文字との関連を今回は追ってみます。

また次の箇所をクリックして、似たように奇妙な同時代の形像を見て下さい。

カルターリ『古代神の像』



受講生からの質問
●トロイアの王子パリスとフランスの首都パリとの関係は?
首都パリの名称は、ご指摘のように、パリーシイイー人がこの地方に居住していたことに由来しています。しかし疑似事実(英語でfactoid)としては、トロイアの王子から由来していると考えられています。次のサイトをご覧下さい。
http://www.factsofworld.com/paris-facts

トロイア戦争に由来する地名としては、例えば米国コーネル大学のあるイサカ Ithacaなどがあります。


●トロイアの王子パリスはなぜ羊飼いであったか?
パリスが生まれるにあたり、この子は王国を滅ぼすという予言があり、それを恐れたパリスの父プリアムス王は、彼を臣下に命じてイデー山に捨てさせた。ところが数日後、臣下は赤ん坊パリスが熊に育てられ生きているのを発見し、赤ん坊を羊飼いに預けてこっそりと育てさせます。





第5回 講義用パワーポイント  ●講義配布資料(今回は無し)
講義用パワーポイントファイルのリンク切れ修復いたしました。失礼いたしました。12/10(土)





●今回はファン・エイク「授乳の聖母」、母親が赤ん坊に乳を飲ませるという育児の原型が描かれています。しかし授乳はどういう場所で行われているのでしょうか。聖母の座るイスや聖母の右手にある金属ボールに注意して下さい。

エイクの生きた15世紀に、世俗的な顔立ちの聖母像を多く描いたのが、あのボッティチェッリ、そう海からあがる裸体のウェヌス像を描いた「ウェヌス誕生」の画家でした。
次々と展開する聖母像を観て下さい (ここをクリック)。

14世紀から16世紀にかけて<授乳の聖母>が数多く制作されましたが、それらの作例は ここを をクリックして下さい。
ただしこのWikiサイトの作例は、年代順に配列されていないので、注意が必要です。



受講生からの質問
コロンナ祭壇画のなかの右側の二人の聖人は誰か。
右奥にいて、本をもつ聖女が誰なのかは、現在の研究では不明です。20世紀に出版された多くの本は聖女ルチアだとしていますが、これはほとんど根拠がありません。
また手前の剣を立てている聖人は聖パウロ(キリストの12使徒ではなく、イエス処刑後にキリスト教に改宗)ということになっています。パウロとされるのは、引き算の結果といってよいようです。ならなぜキリストの12使徒のなかでも最も重んじられた聖ペテロの持物が鍵と剣です。この祭壇画では、左手前の人物が鍵をもっており、ペテロだとわかります。ところが右手前の聖人は剣を持物としているので、これもペテロとなってしまいます。そこで剣を持物とする聖人を捜すと複数いますが、聖パウロだろうということになります。

●聖母に関係した教会が西欧には多いようですが、これは何か理由があるのでしょうか。
ローマ・カトリック教会では聖母マリアの位置付けや意味について特段の関心をはらっており、これが他のキリスト教諸派とカトリックとを区別する特徴といってよいと思います。たとえば15-17世紀に作られた聖母像や聖母子像の数は圧倒的に多く、イエスの磔刑像においても聖母の姿が伴っています。これは16世紀に興隆したプロテスタント諸派にはまったくといってよいほど見られないことです。必然的に、カトリックの教会は、我らの母教会(ノートル・ダム、パリ)や花の聖母教会(サンタ・マリア・デル・フィオーレ、フィレンツェ)といったように聖母に捧げられた教会が数多く見られます。
 なぜカトリックが支配的である西欧で聖母崇敬が盛んなのかは、文化人類学や深層心理学からの説明がなされていますが、これといった決め手はありません。[参考 Michael P. Carroll , The Cult of the Vrigin Mary]

なお聖母崇敬として最も名高いのは、パリのメダイ教会です。






第6回 講義用パワーポイント (修正版12月19日) ●講義配布資料 (特にありません)

12/16(金)





●ジョヴァンニ・ベッリーニ「聖母子」は、ファン・エイクの「授乳の聖母」と神学上の共通点をもっています。それは、イエスは神の子であり神性の存在という自明の前提に加えて、イエスはまぎれもなく人性をもっていたということです。


ルネッサンスの象徴を読み解く:
図像学入門 I
2011年12月15日

(更新日)