■講座内容■
「ハムレット様、何をお読みでいらっしゃいますか」と口の達者な廷臣は、本を手にしながら歩いているハムレットに尋ねます。ハムレットの答えは、「言葉、言葉、言葉」でした。本に言葉が書いてあるのは当然ですが、実はルネッサンス期の絵画や彫刻にも、文字が像とともに描き刻みこまれています。これらは単なる装飾文字ではなく言葉としてあるメッセージを伝えています。そのメッセージをきちんと理解すると、絵画・彫刻の像だけから私たちに伝わってくる第一印象が正しくなかったことがわかり、私たちははっとさせられます。一見しただけでは見落としがちな、画家から私たちへのメッセージをしっかりと追うことで、はっとする瞬間の体験を皆さんとともにしたいとします。
さて左の挿絵はギルランダイオ「ジョヴァンナ・トルナブォーニの肖像」です。女性の後首にある紙に注目して下さい。この文字を解読できれば、この絵はすでに故人であったジョヴァンナの肖像であり、またなぜ彼女の胸に二つのブローチがあり、そして背後にある本が何で、紅い珊瑚の飾りが何のためのものかがわかります。
文献学者になったつもりで文字と像が共演する美術散歩を楽しんで下さい。


■予定■(2012年)
1/13 メッセージは誤配されるか:肖像画の中の名声と愛
(1)ドメニコ・ギルランダイオ「ジョバンナ・トルナボォーニの肖像」とブロンズィーノ「ラウラ・バッティフェッリの肖像」

1/27 聖母マリアは文盲でなかったか:称え救う知
(2)メローデ祭壇画とロレントォ・モナコ「キリストと聖母の取りなし」

2/10 <文盲の聖書>のなかの文字:教え導く知
(3)ペルジーノ<カンビオ・フレスコ画>とアンドレア・ダ・フィレンツェ「聖トマスの勝利と諸学芸」

2/24 文盲にも読める文字:幻想の格言世界
(4) ヒエロニムス・ボス「聖アントニウスの誘惑」

3/09 愛の告白か願望か:夫婦幻想の始まり
(5)「ライスベス・ファン・ドューフェンフォールデの肖像画」



日時 全5回 第2・4週 金曜 15:30-17:30


■講師紹介
上智大学文学部卒、大阪大学大学院博士後期課程満期退学。ハーバード大学客員研究員、オックスフォード大学客員研究員。『フーコーの投機体験:「これはパイプでない」探求』(渓水社)、共著 Milton in Context (Cambridge University Press)、 共訳書『世界シンボル辞典』(三省堂)。





第1回 スライドファイル 修正版   
            配布資料

●挿絵はドメニコ・ギルランダイオ「ジョバンナ・トルナボォーニの肖像」です。この絵は女性の首の後に張り付いた紙の文字を読んで初めて絵の中に描かれている人物・事物がどういう意味を持っているのかわかるようになっています。







第2回 スライドファイル   
            配布資料

2012年1月27日

●ブロンズィーノ「ラウラ・バッティフェッリの肖像」。この女性が開いている本が何なのかは文字を追うことですぐにわかります。
この本は歌集で、その歌の意味がわかれば、この女性が何を望んでいるのかが浮かび上がってきます。







●下にあげた祭壇画では聖母が本を開いて「読書」しているように見えますが、本当に読書をしているのでしょうか。またテーブルの上に開いておいてある本は、上のブロンズィーノの本と異なって赤と黒で「書かれて」いるようです。何が赤で「書かれて」いるのでしょうか。


メローデ祭壇画(1427?1432)


主祭壇画:



●下の祭壇画では神・キリスト・聖母そしてたくさんの信者が、言葉(イタリア語)と共に描かれています。まず三者の両手のそれぞれがどこに置かれ、何をしているかひとつひとつ考えてみて下さい。



ロレントォ・モナコ「キリストと聖母の取りなし」(1370?1425)





第3回 スライドファイル   
            配布資料
2012年2月10日

■今回は中世都市ペルージャとルネッサンス都市フィレンツェにあるフレスコ画のなかの文字を探ります。

●巨匠ラファエッロの師であったペルジーノは、両替商組合館の集会室に、学者と相談の上、装飾するように依頼されます。集会室壁面の全面に装飾がほどこされますが、下の二枚のフレスコ画には、合計四枚の銘板にやや長文が書かれ、また画面下段には人物名が記載されています。中空の女性たちと人物の関係、銘板の文章とこれら人物たちの関係はどうなっているでのしょうか。

ペルジーノ「四枢徳と著名人たち」









●アンドレア・ダ・フィレンツェ「聖トマスの勝利と諸学芸」
このフレスコ画では何冊もの本が開かれています。中央にいる聖トマスが開いているのは、そこに記載されている文から「集会の書」だとわかります。
ペルジーノの四人の女性像(美徳)は聖トマスの回りに飛ぶ七人の天使と実は呼応しています。さらにペルジーノの四人の女性像は、フレンツェの絵の下段から二段目に並んでいる14人の女性にも、呼応しています。それはいったいどういう呼応なのでしょうか。






第4回 スライドファイル   
            配布資料
2012年2月24日
 幻想の知
ヒエロニムス・ボス「聖アントニウスの誘惑」
 画面では不可解な出来事が起こり、異形のものたちが跳梁跋扈しています。
この絵には一つだけ単語があります。それはカワセミようなくちばしをした郵便配達夫がもつ手紙の上にあります。この単語は、手紙がそうであるように、あるメッセージを持っています。しかし出来事も異形のものも、それぞれがメッセージを担っているのです。しかしそれら雑多なメッセージを解読すると、何がわかるのでしょうか。









第5回 準備中 ■スライドファイル   
      準備中 ■配布資料
■2012年3月9日 結婚愛への知 

 私たちにとって結婚愛というのは、空気のごとく当然のことです。しかし結婚愛という観念が西欧で一般に共有されるようになるのは、16世紀後半でした。また結婚式は教会で行うものという20世紀の慣例も、16世紀後半になって広がっていきました。さらに現在では離婚理由の筆頭は性格の不一致ですが、そもそも結婚愛のないところで性格の不一致などあっても問題になりませんでした。離婚理由は別なところにありました。




ライスベス・ファン・ドューフェンフォールデの肖像画 (画家未詳 1430年頃)
 女性が手に持っているのは、銘帯と呼ばれるメッセージが記載された布です。
この文字(オランダ語)が解読できると、夫人の左側にある紋章の意味がわかり、またこの女性が夫人であることもわかります。



























● ヤン・ファン・エイク 「アルノルフィーニ肖像画」1434年

 「モナ・リザ」と同じように知名度の高い絵ですが、これは結婚式なのか婚約式なのか、女性は妊娠しているのかどうか、さらにはモデルは本当にジョヴァンニ・アルノルフィーニなのかどうかすらわかっていません。
 それは、画面中央の鏡の上に描かれた銘「ここにヤン・ファン・エイクがいた 1434」の解釈がいまだに揺れているからです。








市民講座
ルネッサンスの象徴を読み解く:
図像学入門 U
2012年1月15日

(更新日)

講義題目:結婚観と離婚観の系譜と言説
(講義年 2006年度)



授業内容

90年代後半から現在にいたる日本において離婚理由の筆頭にあがるのは、「性格の不一致」になっている。性格不一致による離婚は許されていると近代で最初に主張したのは、17世紀イングランドの宗教詩人ジョン・ミルトンである。この350年近く前のオピニオン・リーダーは、性格不一致による離婚は聖書の言葉に従っているばかりか、多くの宗教家が支持し、また市民法(ローマ法)などからも導き出せることだと、四つものパンフレットを書いてあくことなく主張しつづけた。その主張は、たんに性格があわないので離婚というお手軽「離婚論者」という一派を生みだした。ミルトンが執筆しこの一派が認知されたのは、17世紀イングランドの内乱期のさなかのことであった。
内乱期にはホッブス『リバイアサン』が書かれ、人間が統治権力とどうかかわるのが正当であるのかが争点になってきた。この時期に、国王が適正な法手続をへて議会で裁判を受け、法に従って公開処刑されるという画期的事件があったことが教えるように、正統と目される統治権力そのものが別な新たな正統統治権力によって倒され、政体の乗り換えが起こっている。政体転換という文脈でいうなら、個人と統治権力とのかかわりが再考されるのは当然であった。
しかしその再考は政治の領域にかぎられず、実は家庭、宗教の領域でも起こっていた。とういうよりもすでに16世紀中葉から、政治・宗教・家庭のすべてがイングランドにおいては統治権力と被統治民という枠組みで捉える社会通念が確立していたから、政体転換は、宗教体制の転換、家庭における結婚の見直しへと連動していくのは自然の成り行きともいえるものであった。内乱期は一部の人々が新たな価値観を構築し、旧秩序から脱皮した新秩序を生活世界のなかに実現させうる可能性にあふれた時期であったのだ。ミルトンもそうした一部の人々であった。
 しかしこうした新秩序の議論でもっとも問題になるのは、自説を展開するにあたって正典の字句解釈が私個人の偏見ではなく、普遍的な正論であることを相手に説得することであった。正論であるためには、自己を最終権威者と同調させ、自己の主張が最終権威者に裏づけられた解釈に沿うものであることを提示しなくてはならなかった。ここでいう正典とは、聖書、ローマ法、古典文学、イングランドの判例、宗教改革者の著作であり、最終権威者とは世界を創造したキリスト教の神のことである。
本講義では、1640年代前半の内乱期に書かれたミルトンの四つの離婚論を糸口として、ミルトンがなにを媒介にして自らを最終権威者として同化させ、離婚と結婚についてどういう姿が正当であり、またそれを主張するにあたって、正典をどういう地平で解釈することが正統とされたのかを探る。もちろんこの作業は、正典に直接あたり、彼の意見に反対する論者の文書を読み、私たち一人ひとりがまたミルトンの同時代人が、なにを媒介として最終権威者と同化し、どの地平で解釈するかということと切り離せない。したがってこの探求は、たんにミルトンが離婚と結婚をどう表象・再現前化させたのかという歴史事実の勉強ではなく、私たち一人ひとりの解釈の土台がどこにあるのか、最終権威者とのかかわりはどうするのかという、普段は隠れていてみえない正当・正統問題と接触することである。「気持ちが合わないから離婚する」というひと言がもつ重力は、今の私たちが考えているよりははるかに強く、日常的感情の鬱憤晴らし(カタルシス)の代替として歴史的に機能しえるのかという疑問が湧いてくる。
講義の中心テーマと進行順序は以下の通りである。
 1. 夫婦愛とは近代の創造であった
 2. 離婚はなぜ可能なのか
 3. 離婚はなぜ許されないのか
 4. 独身礼讃の根拠
 5. 歴史のなかの離婚と同時代の離婚
 6. 創造する交わりの虚焦点: 契約と抵抗権
 7. 解釈という自己所有、権威という追認

 なお問題との接触がミスマッチに終わらないために、講義といっても、ともに対話しながら考えていく形式で授業を進めていく。また講義の約3回ごとに内容理解を試す小テストをする。成績の評価は以下の基準にしたがっておこなう。授業出席(30%)、授業参加(35%)、quiz(35%)
 なおこの講義のさらに細かい内容は以下のサイトにアクセスすること(2006年4月7日以降)。http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~ssuzuki/ClassLecture/GraduateLecture.htm
◇教科書:上記のURL上の講義題目をクリックすると教科書ファイルがあるので、これを自分で展開・印刷すること。
◇参考書:日本語で読めるものに限定した。外国語の文献は講義の途中で随時紹介していく。
 (1)原典:ジョン・ミルトン『離婚の教理と規律』(未来社)、ミルトン『四弦琴』(リーベル)
 (2)歴史:マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
      ロ−レンス・スト−ン『家族・性・結婚の社会史:1500年―1800年のイギリス』(勁草書房)
      渋谷浩『ピューリタニズムの革命思想』(お茶の水書房)
 (3)神学:大木英夫『ピューリタニズムの倫理思想』(新教出版)
       金子晴勇『宗教改革の精神』(講談社学術文庫)
 (4)思想:蓮實重彦『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(講談社学術文庫)
      ミッシェル・フーコー『知の考古学』(河出書房)