
2008年07月11日 更新
| 1.ミルトン離婚論の概要 | 論敵からの指弾 | 資料1 |
資料2 |
| 2.友愛から友婚愛へ | 2.1 同性友愛のなかの夫婦愛 | テキスト印刷版を希望者に配布します。 授業中に申し出てください。 |
資料1 |
| 2.2. 神愛のなかの夫婦愛 | |||
| 2.3. 友婚愛の誕生 | PowerPoint | ||
| 3.四離婚論を読む | 第一離婚論:『教義と規律』 | ワークシート:漸次増えていきます。毎回、このアイコンをクリックしてください。 (序文残り)[11月6日21時更新] (1巻1章冒頭)[11月9日06時更新] (1巻1章途中−4章末)[11月13日17時更新] 1巻12章_2巻11章[01月09日午後5時更新] |
献辞 序文-1章 |
| 第二離婚論『判断』 | 19章、28章、38章を読み、ミルトンの自説と一致している箇所を抜き書きしなさい。[01月16日午後5時更新] |
2007年度の授業メッセージ
統治制度について:
物にたいする人間のかかわり方は、(1)所有、(2)占有、(3)所持の三つがある。何かを持っていることはすべて(3)である。しかし自分がその何かを持っているということが、即(1)と(2)の権利を有していることにはならない。王制ないし共和制においては、(1)の権利を有するのは王ないしは共和国であり、個人は(1)をもっていない。だから王・共和国にたいして、個人は地代や税といった支払い義務が生じる。きちんと支払っている個人には(2)が権利として確保される。
だから王制では、統治権力者があらゆるものの所有権をもち、臣民・臣下はそれを占有ないしは所持しているにすぎない。貴族制になると所有権は貴族にあることになる。民主制においては、国民が被統治の権利を付託した国家と個々人とがそれぞれ所有権を持つことになる。ところが民主制に名を借りて一部の人間が国家権力を握り、その人間たちだけに所有権が集中するのが少数統治制である。これらの統治制度に対して、特権的な統治権力(王、貴族、民衆)を想定することがそもそもの誤りであり、統治権力が不在のまま人間を放置しても、人間同士うまくやっていけるというのが無政府主義(厳密には無統治制度)である。
理解の深化:
交換可能性・共感可能性のダイナミックスを理解しないと、「離婚問題」はたんなる道徳の歴史の一主題に堕してしまいます。理解を深めるために、Phillipsの解説終了後に、金子勝・大澤真幸『共同取材 見たくない思想的現実を見る』(岩波書店, 2002年)第一章を読みます(加野さんに感謝)。
また、社会学的な発想を取り入れるために、山田昌弘『近代家族のゆくえ』(新曜社)も読みます。準備しておいて下さい。
資料訂正:
スウェーデン王はシャルル14世ではなくカール14世ヨハンが正しい表記です。(児玉さんに感謝)
訂正資料:自由主義のその反動
1884年ナケ法Naquetが成立。当時のフランスは第三共和制(1870-1940)。その内容はほぼナポレオン法典の復活ともいえるが、ただし双方の合意条項が削除された。当時普仏戦争(1870年)ではフランスの敗北に終わり、国力は人口数に比例すると当時は考えられていたので、人口を増やすような政策が待望された。ナケが法案を支持する理由としてあげたのは、
(1)離婚が認められるようになっても、それは現行の別居数3000件を上回ることはない、
(2)離婚が認められていた1802年における、結婚数を分母とし離婚数を分子した比率と、離婚が禁じられている80