最強の感情、<愛>

 

エンブレム105

 

ご覧ください、ライオンたちの力に勝って、御者として、

  指輪の石に刻まれた少年姿の〈愛〉が凱旋しているのを。

こちらの手には革のむちを握りながら、こちらの手では手綱をしぼっている。

 童顔にはこのうえない美しさがやどっている。

恐ろしい梅毒は、遠くにおれ。こんな野獣に勝てる者が、

  いったい私たちに手をかけないことがあるだろうか。

 

 

 

愛の主権

 

エンブレム106

 

笑っている温和な裸の<愛>がみえないか。

  松明も、引き絞る弓も<愛>はもっていない。

けれどかわりに、一方の手には花を、もう一方には魚をもっている。

  それはもちろん、地と海に支配権があるからである。

 

 

 

 

愛の力 

 

エンブレム10

 

翼をもった雷光を翼の神が打ち砕く。こうして

  愛の炎(イグニス))は雷光(イグニス)よりも強いことを<愛>は示しているのだ。

 

 

 

愛欲に捕われた学者にたいして

 

エンブレム108

 

学問にどっぷり浸り、修辞と法にたけ、

  そして文学にもことごとく通じている。

その人がヘリアニラを愛している。ちょうどトラキアの王子が

  妹の妾を愛したように。

ヴィーナスよ、どうして新たな裁き手の下で女神パラスに勝ったのか。

  イダ山の下で勝つのでは満足しないのか。

 

 

 

アンティエロス、すなわち美徳の愛

 

エンブレム109

 

キューピッドよ、たわんだ弓はどこにあるのか。若者のやわらかな心を

  突き刺すのが常である矢はどこか。さあ、いってみよ。

残酷な松明はどこにあるのか。羽はどこだ。手にかけている三つの小冠は

  どこから持ってきたのか。頭のもうひとつの小冠はどこから持ってきたのか。

「答えましょう。私は、卑しいヴィーナスとはなんのかかわりも持っていないのです。

  情欲とかかわる持物はついていないのです。」  

 

 

アンティエロス、美徳の愛、もうひとつの愛を征服する

 

エンブレム110

 

翼をつけた〈愛〉に敵対する者には、ネメシスは翼をつけ、

  〈愛〉の弓には弓でもって対抗し、〈愛〉の火を火で抑えた。

こうして〈愛〉は、ほかの者たちにやったことをみずから受けることになる。

  この少年はかつておそれを知らず矢を運んでいたのに、つらくなって涙をながし

ている。

そして三度、胸の奥ふかくにつばを吐く。驚くべきことだ。火によって火が

  焼きつくされ、〈愛〉の狂気を〈愛〉が憎んでいる。

 

 

 

甘美なものもときには苦いものとなる。

 

エンブレム111

 

リディアの子供が母親の元から少しの間遠く離れていた。

  ところがその間にこわい蜂どもがその子を襲った。

この子は、お前たちが穏やかな飛ぶ虫だと思って近づいたのだった。

  ところが残虐な蛇でもこれほど恐ろしくはなかったのだった。

ああ、お前たち蜂は、甘い蜜の贈り物と交換にちくりと刺すのだ。

  おお、<苦痛>よ、お前なくしては利は得られないとは。

 

 

 

ほぼ同じものを詩人テオクリトスのものから。

 

エンブレム112

 

蜂の巣から蜂蜜を集めているうちに、よこしまな蜂は

泥棒のキューピッドをちくりと刺し、指先に針を残していった。

ところが、この子はふくれあがる傷に狼狽し、うめき声をあげ

あちこち走り回りながら地面を蹴り、ヴィーナスに傷を見せて

激しく訴えた。「小さい蜂は、あんな小さい動物なのに

こんなにひどい傷を付けられる」。

するとヴィーナスは笑ってこういった。「ねえお前、自分だってこの野獣に

似ているんじゃない。小さい体でずいぶんたくさんの深手を負わせているのだから」。

 

 

 

 

キューピッドの像について

 

エンブレム113

 

キューピッドとは誰なのか、昔の詩人達は歌ってきた。

  詩人達はキューピッドの行いをさまざまな名前で語っている。

口をそろえてこういっている。服はまとっておらず、体は小さく、

  羽をもち、矢をたずさえ、視力はゼロだと。

これが神キューピッドの顔、これが神の姿なのだ。けれど、多くの歌人たちに

  逆らってあえていわせていただくなら、それには誤りが潜んでいると思う。

いったいどうして裸で暮らしていけるだろう。それでは、神がパッリウムをもっていない

  というのも同然。この神は世界のすべての富を所有しているというのに。

あるいは、裸のままで、雪、アルプスの北風、そして氷で凍てついた野から

  逃げおおせるとでも思っているのでしょうか。  

子供だいいますが、老ネストルを負かす人を子供だというのですか。

  アスクラの老人の賢明な詩を読んだことがないのですか。

気まぐれな子供ですと。この神は頑固にもいったん刺しつらぬいた胸から

  自ら進んで離れるはけっしてないのです。

弓矢を持っているですと。こんな重荷を使えないのにいったい持つのでしょうか。

  子供に弓を引きしぼることができるでしょうか。

翼を使って天へ進むことを知らないのに、翼を持っているのですか。

  鳥の肝臓に矢を向けることには縁はない。

地面をはい、いつも致命となる人間の心臓を

  打ち、飛べない石のように心臓から翼を動かさない。

もし盲目で目隠しをしているというなら、いったい盲目のものに目隠しが

  何の役に立つでしょう。つけたからといって、それだけみえなくなるのだろうか。

視力を奪われたものが弓使いだといったい誰が信じるでしょう。

  この神は確かな射手ですと。盲目のものが射ても的には当たりません。

火のようで、胸に炎を燃やし続けているといいますが、

  いったいそれでよくここまで生きてこれたものです。万物を飲みつくすのが火です。

この神が平穏な心のなかに入りこむたびに、いったいどうして

  ナイアースたちの大波で消されることがないのでしょうか

けれど、みなさん、こんなに多くの間違いにひっかからないように。お聞きください。

  キューピッドの本当の姿を私の詩が伝えます。

愛は楽しい苦しみ、手の付けようもなくもてあますもの。愛の印は、

  黒い盾についたフェニキアのどんぐり。

 

 

 

国家を忘却することについて

 

エンブレム114

 

ひさしく国家を捨てたので、血あるいは愛によって自分のものとなった

  同胞のことをお前は忘れている。

ローマに住んでいることも、家に戻ることにも関心がない。

  「永遠の都」の魅惑がお前にはこんなに少なくなっているのだ。

イタケーの先発隊はおいしいロートスのために母国を

  捨て、そして指導者をも捨ててしまった。

 

 

 

セイレーン

 

エンブレム115

 

羽を持たない鳥、脚のない少女、

  口のないの魚−−それでいながら音色を出せるでしょうか。

そんなものが存在すると誰が思うでしょう。<自然>はこんなものが結びつくことを許しません。

  けれどセイレーンはそれが起こりうるのだと教えています。

女が黒い魚になっているのは、誘惑者の印{ギリシア語??}。

  情欲は数多くの異形をもたらすのだ。

姿、言葉、魂の美しさ、すなわちパルセノペー{表記}、

  リーギア、レウコシアに男の気持ちはひかれる。

このものたちからムーサたちは羽をむしり、このものたちをオデュッセウスは笑いものにした。

  いうまでもなく、学者は娼婦と無関係なのだ。

 

 

 

若い女を愛する老人

 

エンブレム116

 

 

ソフォクレースは歳をとってしまったが、それでも若い女アルキペー{表記?}を

  娼婦の商売から身上げし、自分の願い通りのものにしようと、

金で釣る。そのさなか、嫉妬に狂った若者がほとんど耐えられなって

  次のような歌で二人を非難の的にする。

ちょうど墓場のフクロウ、死体にとまるミミズクのように

  私の女ははソフォクレースのところにすわる。

 

 

 

色について

 

エンブレム117

 

 

黒色は悲しみの印。死者に捧げものをするときには

  私たちは皆この色の服を使う。

そして、白いワンピースは誠実な心、清純な思いをあらわす。

  亜麻のきめ細かな生地は聖人に好まれる。

緑は、望みを持つことを示している。<希望>は、むなしく背後に倒れることが

  なんどあっても、活力をもって成長しているといわれている。

金色は欲望の色。愛するものたち、娼婦、自分の望むものが

  はっきりしている人にふさわしい色。

そして、赤いマントは武装した騎士の飾りとなれ。

    子供が顔を赤らめれば、それは<慎み>の印とせよ。

紺碧は船人をあらわし、天の兆候をうかがう、

  とても深い敬神の念にうたれた予言者をあらわす。

黄褐色は安物の色。黄色の頭巾付きマントは、染色しない地のままの羊毛製。

  そんな服を木靴をはいた修道士がまとっている。

大きな不安にさいなまれている人、愛の心を勝ち取ろうと苦しんでいる人、

  そんな人が赤褐色の服をまとうと考えられている。

自分の運命に満足している人、運命の不興を買っても平静に耐える人は誰でも

  紫のものを身につけさせなさい。

ちょうど自然はいろいろな色を生み出し多様なように、

  あるものがあるひとには好まれ、おのおの自分のものに満足している。