エンブレムというのは、@短い題名、A図絵、Bそしてその二つを説明する短い詩という、
三つの要素からできています。

この形式で、一冊の本を編んだのが、16世紀イタリアで市民法学者として活躍したアルチャートです。

エンブレムを読んでいくうちに、シェイクスピアやガリレオの時代の人たちが、生きていくときに、
なにを大切と考え、どういう世界観をもっていたのか、図絵と文字という二つの媒体を通して知ることができます。

それだけではありません。西ヨーロッパの人たちが、怪獣をふくめた動植物やふだん目にする物事に
どういう観念をいだいていたかも、よくわかるのです。

エンブレムの研究書・解説書・翻訳案内

エンブレム電子テキスト

エンブレムへの解説・研究

アルチャート
(エンブレムの創始者)

Pictura (図絵)
題銘を視覚した絵。
解読には短詩が不可決。

3 ルネッサンス文化 (ローマ市民法の人間観)

ルネッサンスは15世紀から16世紀にかけての西ヨーロッパの時代をよぶときの名です。

この時代の教養人は、1000年から1600年前にかけてのギリシア・ローマ政治・法律・文化を、原典をとおして学んだのでした。

そこで発見したのは、宇宙世界を創造した神を中心にして、自分たちの国のあり方や生活の仕方を考えるのではない思考法でした。

その思考法を学ぶためのもっとも手っ取り早く、しかも社会に出ても役に立つと考えられていたのが、ローマ市民法でした。

多くの人が学んだ市民法には、ルネッサンス時代のいろいろなノーハウがつまっています。
とくに私が興味をもっているのは、次の二つです。
   @数々の条文を覚えるための記憶術
   
   A正しい意味はなにかを考える注釈学

ただし、これらの二つの点への興味は、単純な歴史好きからのものではありません。
私たちが、いま生きているときに暗黙のうちに基本になっている
普遍的な人間観(人間はこうあるべきだ、こうあるのだ自然の姿だといった考え方)をあぶりだすためのリトマス紙だと考えています。

そしてあたりまえことですが、ローマ市民法の研究は法形成史の観点から論じられています。そこでは、ルネッサンス期のローマ市民法解釈は、私たちがなじんでいるような世界秩序の分類体系にしたがっていないことが、しばしば忘れらています。神話や外国といった、日常世界に接している境界にたいして、この時代の法学者たちは敏感に反応しています。日常世界ではないそんな境界世界がどんなものであったかにも、深い興味をもっています。



ルネッサンス参考文献



研究内容

形像文学の世界にようこそ

Inscriptio(題銘)
格言、諺、モットーなどが記載される

ミルトンへのWebリンク集

実際には、多くの議員が審議拒否し、議員の20%の出席で処刑が可決された。

「議会の満場一致で、国王処刑を可決した」(『第一弁護論』)

「国家の危急存亡を異国の地で聞き、あわてて母国へと駆けつけた」(『第二弁護論』)

ミルトンへの解説・研究

ミルトン電子テキスト

ミルトンの研究書・解説書・翻訳案内

ミルトンは、17世紀イギリスの詩人です。『失楽園』という約1万行の長さの詩を書きました。

『失楽園』という名の日本の小説とは異なって、『聖書』にでてくる最初の人間アダムとエバ
にまつわる堕落(神にたいする罪)とそのあがない(神による罪の許し)を語る宗教的な作品です。

ミルトンは、国王を裁判にかけて処刑したあのピューリタン革命の支持者でした。
革命勢力のためにパンフレットを次々と書き、失明をしました。失明し、革命が失敗に終わったあと、
この長編詩を書きました。

この作品は勧善懲悪の定番物語のように解釈されています。しかし私はそうは考えません。
この作品そのものがそのまじめさゆえに、かえって悪を過小評価し、神をつまらない存在におとしめているように読めるのです。またいっけん聖人にみえるミルトンも、ずいぶん人間的な欲望にとりこになっています。

こういう読み方は破壊的として長年しりぞけられてきました。しかし、とくにフランスの現代思想(ドゥルーズやデリダ、日本では蓮實重彦)の世界観を学べば学ぶほど、むしろ非破壊的であることがわかってきました。

2 ミルトン (ポストモダン世界の異端キリスト文学者)

PicEpigramma(解説詩)
題銘と図絵の結びつきを説明する。図絵にこめられた不可解な意味を氷解させる

研究業績

直線上に配置

1 エンブレム文学 (形像と文学の饗宴)

英語によって世界中の人々と自分がつながることはWebによって可能になりました。 しかし実際に英語で書いたり、話したりすることに、私たちは苦痛を伴います。少なくとも私は、日本語でこうして書くことですらも、やすやすというわけではないのですから、ましてや外国語で書いたり、話したりすることはおっくうになってしまいます。

しかし書いたり話したりしないかぎり、相手との交流は生まれません。また英語という外国語を書き話すとは、ネイティブのようであろうとすると気が遠くなりますが、通じる英語であるなら敷居がぐっと低く感じられるます。

こう私は自分に言い聞かせ、jほぼ毎日、英語を使いながら交流を広め、また一度できあがった絆を維持しています。たとえば、最近、スペイン中世の農奴出身の男についての小説 The Cathedral of the Seaを読みましたが、しばら交流のなかったスペイン人の友人に、小説から得た新たな知見を書きました。もちろん向こうからは、なつかしいという返事とともに、カタロニア人の誇りをわかってくれそうな日本人ということで、久しぶりであるにもかかわらず、親しみを込めた言葉が返ってきました。

では英語を書いたり話せたりするにはどうしたらよいのか。それも効率的に大量に、かつ安価に学習する方法はないのか。
そんな条件を満たしているのが、<ぎゅっとe>です。

■■<ぎゅっとe>
これは、英語教育学者・青木信之と渡辺智恵が、電機産業と連携をすることによって作成した国産の教材です。
http://gyuto-e.jp/index.html)。
開発の基本的信念は、短期間に大量の英語に触れることによって学習者の英語力は効率的に伸びるということにあります。

(1) 名古屋大学授業における<ぎゅっとe>導入 (教養教育院FD 言語文化部門分科会発表PP資料のPDF版)
(2)  <ぎゅっとe>と偽装学習 (ぎゅっとe研究会[青木信之代表] 発表PP資料のPDF版)
(3)  <ぎゅっとe>利用で伸びる学習者像 (LET英語教育学会[2010年8月] 資料のPDF版)

   (2)-(3)のファイルは、PWが必要です。教育上の理由で閲覧を希望される方はメイル(ssuzukiアトnagoya-u.jp)でお知らせ下さい。

■■海外大学とのテレビ会議システム交流
静宜大学(台湾)  [2008年]
チュラロンゴン大学 (タイ) [2009年]



■■和訳先渡し授業
和訳先渡し
 「和訳先渡し」にヒントを得て、Chomskyのアメリカ政治批評を中心に、授業を進めています。
金谷憲 , 高知県高校授業研究プロジェクトチーム編 『高校英語教育を変える授業の試み』(三省堂, 2004年)は、そのタイトルが「高校」であっても、教員の利用次第で大学で十分に通用します。
 この授業方式は2009年に開始しましたが、現在ではリーディングの授業はすべてこのやり方を採用しています。学生からの反応・印象は、英語(基礎)(中級)のComments from students から知ることができます。

英語教育参考文献


4 教育 (世界とつながる英語)