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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫

英語感覚

Grammatical Misunderstandings
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2017/08/01

旧情報から新情報へ:「人に物をあげる」書き換え

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英語では相手と私との間に共通に了解しあえること(旧情報)が文頭に来て、相手が知らないことや私が相手に伝えたいこと(新情報)は旧情報の後に置くようにします。

中学の英語でgivebuyが「人に物を~する」という形をとることを教えられ、それにあわせて「人に物を~する」には次のような書き換えができるようにも教えられます。

 

(1) Peter gave his girlfriend a box of artificially flavored chocolate.

(2)Peter gave a box of artificially flavored chocolate to his girlfriend.

(3) Peter bought his girlfriend a box of artificially flavored chocolate.

(4) Peter bought a box of artificially flavored chocolate for his girlfriend.

 

前の文と後の文とでは表面的にはそこで言われている内容は同じなのですが、この文の話し手や書き手の意図は、前の文と後の文とでは異なっているのです。


 前の文[(1)と(3)]は、私と相手との間でそれまでピーターについて話をしていて、ピーターにはいま付き合っている彼女がいるといったことが話題になっています。そして、話し手である私は、相手に向かって、あのオーガニック・フードにうるさいピーターがこともあろうに人工甘味料がたっぷりついたチョコレートを贈った(買った)んだよ、という相手に伝えたい新情報が文の末尾部分に来ています。


これに対して後の文[(2)と(4)]では、オーガニック・フードのピーターが人工甘味料チョコをこともあろうに、自分の彼女に買ってあげた――なんとピーターは、自分の彼女の健康はどうなってもよいと考える薄情者だということになります。

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2017/07/19

旧情報から新情報+補足情報

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英語を最初に習ったときに強烈な印象だったのは、きょうだいを述べるのに兄、妹という区別をしないということでした。男きょうだいならmy brother、女きょうだいならmysisterといい、男女の区別はつけても、それ以上に年齢の区別をしないということでした。大学に入り立ての頃、アメリカ人の学生からI know a girl whose last name is Suzuki. Do you have any sisters?”と聞かれて、つい“Yes, I have a younger sister”と答えてしまい、自分には妹しかいないのでついつい“younger”“sister”の前につける癖がついているのを意識化しているのに気づきました。

もう一つ驚いたのは、「ラジカセが机の上にある」といおうとすると、There isという「構文」をつかわなくてはいけないということでした。

(1)A radio-cassetteplayer is on the desk.

(2)There is aradio-cassette player on the desk.


なぜこのようなことになるのでしょうか。そういう構文があって、それに従っていう規則があるのだといってしまえばそれまでなのですが、ここには英語の大事な癖が潜んでいるような気がしてなりません。その癖とは文の発話者ではなく聞き手、文の書き手ではなく読み手にとっての新情報は文頭にはこないという原則があるということです。


旧情報→新情報

 

旧とは、今から話そうとすることを聞いてくれる相手、今から自分が述べようとすることを読んでくれる相手にとって、すでに知っているということです。

“there is”が文頭にくるのは、これが相手にとっての旧情報となりうるからです。新情報はもちろん“thereis”の直後にくるものです。上の例でいえば、aradio-cassette playerが新情報になります。

ではa radio-cassette playerに続く、on the deskは新情報なのでしょうか。the desktheが付いていることからもわかるように、相手にとってははっきりとわかることです。この情報はあってもなくともよいのです。つまり新情報におまけにように付け足したもので、補足情報といえます。

文の流れとしては、

旧情報→新情報↘

補足情報


この流れが、英文の基本形なのです。

この基本形がわかってくると、次の文はどう訳してたらよいでしょうか。

 

(3)私の家族はずっとペットを飼ってきた。

 

英語の基本形を無視すれば、

 

(4)My family hasalways kept pets.

 

しかし今相手と話しているのは私ですから、私ではなくいきなり私の家族が出てくるのは相手にとっては新情報になってしまいます。やはりここは私という旧情報から始めてペットという新情報を次に述べ、補足として家族を入れるほうが、英文の基本形にそった形になります。

 

(5) I have always kept pets in my family.

 

「旧補足」という流れに日本語はなっていないために、こんな英文を実際に書いた女性がいました。

 

(6) I like Marilyn Monroe, but my breasts are small unlike her.

私はマリリン・モンローが好きですが、あの人とは違って、胸が小さいのです。

I like Marilyn Monroeの部分は、旧から新へという情報の流れになっています。ところがbut以下では、やはりこの旧→新の流れでなくてはならないのに、突然my breastsという新情報が出てきています。やはりここは私という旧情報を頭において、breastsは新情報として提示する必要があります。

 

(7) I like Marilyn Monroe, but unlike her I have small breasts.

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2017/07/18

凝縮の of +名詞構文

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凝縮への志向が、前置詞のofを使って表されます。


子犬と子猫がじゃれているのを映してある
DVDも持っている。

これを英語にすると、私たちなら関係詞(関係代名詞・関係副詞)を用いて表現してしまいます。

 

              I have DVDs where puppies and kittens are playing.

 

ところが実際の英語では、

(1) whereofに置き換え(このofは「~という」同格の使われ方です)、
(2) are playing
の現在進行形(be+現在分詞)を動名詞のplayingに変えます。

 

I have DVDs of puppies and kittens playing.

 

ofは前置詞なのでその後には名詞句がきますから、厳密には

 

DVDs of  [puppies and kittens]’s playing.

 

puppies and kittensを一つの名詞とした塊が所有格となって、動名詞playingを修飾しています。現在ではこの’sの部分が省略され、puppies and kittens playingとなります。


このような理屈ですが、私自身は会話では瞬発力が必要ですからいちいちこのようなことは考えずに、まず

漠然から具体へという流れ

を意識して、漠然と

I have DVDs

といっておいて、

次に、
(1)具体的な内容は
ofで始めて、
(2)具体的内容の主語が何で、その主語に対応する動詞は何かをを思い浮かべて、主語はそのまま、動詞には
ingをつければよいと判断し、

 

 of  +  puppies and kittens  +  playing

 

というように考えています。

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2016/12/23

漠然から具体へ

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これは「アンカー英和辞典」という英語辞書の編纂者の柴田先生から直接教えてもらってことですが、家の中で話をしている夫婦が、子供が今どこにいるかと夫がたずねると、奥さんが「彼は今、庭にいる」という場合、英語はどう書くでしょうか。

過去20年ほど学生に教室で尋ねてきていますが、この文の英訳の「当たり」はでていません。多くは次のような回答です。


(1) He is now in the garden.

(2) He is in the yard now.


まず上は、
gardenは植物のある庭ですから、連想として庭仕事をしている感じがします。これにたいして、yardはアメリカ英語ですから、イギリス人にはイメージがわかず、アメリカ人なら郊外の住宅を思い浮かべ、裏庭でなにかスポーツでもやっているのだろうということになります。そこで(2)が正解となりそうですが、ところがこの英訳はやや不自然です。どこが不自然かといえば、これは屋内での会話ですから、まず家の中ではなく、家の外にいるということをいわなくてはなりません。

He is out in the garden now


これが正解です。

ところが次のような文ではどうでしょうか。

 

たこ揚げをするときには高圧線に注意しなくてはならない。

You should watch out for powerlines when you fly a kite.

 

このようにoutといった副詞とinという前置詞が二つ連続する形、つまり副詞+前置詞という組み合わせが英語には頻繁に出てきます。この場合の副詞(正確には副詞辞)は、たしかに姿は副詞ですが、後にきているin the gardenfor powerlinesを、動詞とペアになって、まるで目的語のように従えています。副詞は後に目的語をとらないので、文法的にwatch outforとの間には、太い線が入り、分かれています。ところがむしろこの線をとってしまい、out in~やout for~という単位で考えると、意外なことがわかってきます。

それはoutは漠然とした方向を示し、その後に目的語のように従える前置詞句はその方向が具体的にどこなのかをはっきりと示すということです。

彼は今どこにいるのかといえば、家の中ではなく家の外out、では外だというなら外のどこかといえば、近くのコモンズ(イギリスで、公園に準ずる森と芝生の大広場)ではなく自分の家の庭の中だというのです。またたこ揚げするときには外のどこを見ろというのかいえば、for the powerlinesと具体的な場所が指定されるわけです。


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2016/12/23

<漠然から具体へ>動詞+副詞+前置詞句

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「動詞+副詞+前置詞句」の形は副詞=漠然、前置詞句=具体と覚えれば、たいていはすらすらと理解できるようになります。

受験英語でおなじみの「楽しみにして待つ」look forward to~も実はこの「動詞+副詞+前置詞句」を踏襲し、<漠然具体の流れにきちんと沿っていることがわかるでしょう。

look forward to~はひとかたまりで熟語として覚えますが、英語感覚としては
(1) look「意思を働かせて見る」がどこを意識的に見るのかといえば、
(2) forward漠然と前の方向、それもforwardには時間がこれから先の方向という意味と、あって欲しいと思っている方向という意味があるので、将来を期待して見るということになります。
こうして漠然といっておいて、その次に具体的に絞り込んで
(3) totoは「到達点」なので、「~」という具体的なことが起こることを期待して見るということになっています。
それで、
look forward to~は、~という良い結果を期待(=楽しみに)して待つとなります。試験結果を待つというときに、試験でのできが良いと自分では思っているならこの表現が使えることがわかります。逆に、試験での成績が振るわなかったと思っているときには使わないことがわかります。、
          look          forward          to

                           漠然           具体

 

「禁煙した」もgive up smokingよりもgive up on smokingという表現を多く聞きます。これも同じく<漠然具体の流れになっていることはいうまでもありません。
(1)giveは「~を差し出して与える」、この場合にはoneselfが隠れていて、「自分自身を差し出して与える」。
(2)では漠然とどういう方向にかといえば、
up「終わりに」ということです。upというと高い場所へというイメージですが、低いゼロ度から始まって終着点の高い100度まで上るということで「終わりに」というイメージももっています。”Time‘s up.”(制限時間終了!)のあのupはこの「終わりに」です。そうすると、give upで「「自分自身を終着点に差し出して与える」という漠然としたことになります。
(3)では何について終わりにするかといえば、
on~「~に圧力をかける」(onは「~の上に」は誤解です)、なかなかやめられないことなどに意志の力という圧力をかけて、自分自分を終着点に差し出す、つまりやめるということです。

「今日買い物に行くのをやめた」という場合に、もしも

I gave up on going out shopping today.

といえば、今日はバーゲンで目をつけていたスーツが半額で買えるので絶対に行きたかったのだが、仕事の都合であきらめたというように、どうしてもやりたかったことをやめるということになります。これに対してたんに買い物は今日はやーめたというように、買い物をとくにやりたいという気持ちが最初から低い場合には、

I've changed my mind about going shopping today.

となります。

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2016/12/23

<漠然から具体へ>日本語語順転換

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「お年玉というのは、子供がお正月に一度だけもらえるボーナスのようなものです」という文を英語に直す場合には、「お正月に」と「一度だけ」との順がひっくり返ります。というのも「お正月」は具体的ですが、「一度」のほうは年に一度だけということで、ともに時間にかかわっていますが、「年に一度」のほうが、何月何日とはっきりしておらず漠然としているからです。

 

Otoshidama is like a bonus which children can get once in a year on New Year’s Day.

 

というように、”once in a year”がまず先にきて、つぎに具体的にずばりと“on New Year’s Day”がつながります。

 

もうひとつ別な例をあげてみましょう。自宅に食事に招く社交好きの奥様は、「今週は10人家に来て夕飯を食べてもらった」とやや誇らしげにいっています。ここでは「家に来て食べてもらう」ことが漠然としたことで、具体的なことは「夕飯」ということになります。ですからここでも先ほどの例と同じように日本語の語順どおりではなく、ひっくりかえります。「家に来て食べてもらう」(invite someone over)、そして何をしに具体的に来て食べるのかいえば「夕飯」(for dinner)ですから、

 

I have invited ten people over for dinner for this week.

 

となります。

 

これがわかると、later in the twenty-second centuryも、まず「いまよりも後に」laterと大きなことをいっておいて、それから具体的に「22世紀に」“in the twenty-secondcentury”ということになります。だから、later in the twenty-second centuryというフレーズは、「22世紀後半」ではなく「のちに22世紀になって」という意味になります。

また次のような日本語では自然な文も、まず漠然とした総括が必要になることがわかると思います。

この型の湯船には白、グレー、ピンクの色があります。

This type of bathtub comes in three colors,white, gray or beige.


three colors
と総称で述べておいて、その後に具体的な色の名前がきます。いきなり、


This type of bathtub comes in white, gray or beige.

とはしないほうがよいのです。
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2016/12/06

無生物主語:凝縮の働き

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無生物主語を日本語にどう訳すか説明するときに、その無生物を「~のために(人)は…のようになる」 (原因・理由)であるとか、 「もし~すれば(人)は…になる」 (条件)と訳し、人を主語として訳すといった指示が書いてあります。

(1) "A fifteen minutes' ride will take you to an airport showing vintage aircraft."

(1)の例でいえば、「もしも車に15分乗れば、あなたは年代物の飛行機を展示している空港に着くでしょう。」となるわけです。

実はネイティブ・スピーカーと会話をしていると頻繁に感じることなのですが、私たちはこのような無生物主語を使わずに、ついつい次のようにいってしまいます。

(2) "If you take a taxi for fifteen minutes,you will arrive at an airport showing vintage aircraft."

斜字体部分は旧情報に属することで、英語の文の流れは冒頭から文末へ旧情報から新情報へという流れで、この文もその流れに沿っています。その点では問題はないのですが、旧情報に費やす言葉の数が多すぎて、新情報に到達する前までに、聞いている方の緊張がこれでは緩んでしまうのです。相手に新情報を緊張感が途切れない状態で伝えるために、旧情報を凝縮する必要があります。そこで活躍するのが無生物主語なのです。

さきほど無生物主語を日本語に訳すときには、理由・原因・条件と書きましたが、これらはそれぞれ "since 主語+動詞"、 "because主語+動詞", "if主語+動詞" といった接続詞によって導かれる節に対応しています。

また人を主語に立てて訳すということは、その節に続く主節において、今一度、同じ主語が繰り返され、異なった動詞をもう一つ立てることになります。単語をたくさん連ねる必要があり、非常に手間なのです。ところが、(2)と(1)を比較してみればわかるように、無生物主語の(1)の文は、無生物主語によって接続詞とその節内の主語が省略でき、節内の動詞も他の要素とともに名詞に凝縮できるので、新情報へとさっとたどり着けるのです。

凝縮された簡潔さが無生物主語にともなう感覚です。ですから、空港に自動車で行きたい人から、道端で空港への道を尋ねられたら、無生物主語がおおいに活躍します。

(3) A right turn at the second signal on this road will point you straight to the airport. The signs will guide you to it.

「この道を真っすぐ行って二番目の信号で右に曲がる」は新情報ですが、いま尋ねる方も答える方も道端にいて、空港までの道順を頭に思い描いているわけですから、即座に共通理解として成り立つ情報なので文頭にきても違和感はありません。

また空港までの道順を示す標識があることも、共通理解事項なので、いきなりtheをつけて "the signals" として文頭においてもよいのです。そしてここではもちろん「接続詞+主語+動詞」の内容が無生物主語として凝縮されています。

無生物主語が共通理解と凝縮という二つの原則にしたがって使われることがわかると、次のような二つの文を出して、両者は同じ意味を伝えていて、無生物主語の文(4)のほうが、人を主語にした(5)の文よりも、「英語としてより自然な表現」という説明は、これらの文が使われている状況を無視した的外れな指摘です。

(4) "A heavy rain prevented us from going out."
(5) "We couldn't go out because of a heavy rain."

(4)が使われる状況は、バングラデッシュに旅行にいったが、ちょうど雨季にあたっていて、観光を予定していた当日には雨脚が強くて驚いたということが話し合われているようなときです。

それに対して(5)はバングラデッシュに行ったが、観光もせずにホテルにその日はずっといたといったことが話題になり、その理由はテロが起こったからではなく、例年になく雨季の雨脚が強かったからだということになります。

そして繰り返しになりますが、(4)のような状況では、私たちは先ほども述べたようについつい次のよういってしまうのです。

(6) Since we had a heavy rain, we couldn't go out and had to stay at our hotel all day long.

この状況では、(6)は(4)のような言い方をしたほうが、「英語としてより自然な表現」で、会話の流れによどみを起こさせなくて済むのです。

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2016/12/06

無生物主語:旧情報の提示

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無生物のものが主語になる文は、日本語にはまずないので、日本の文法書ではよく取り上げられています。

たとえば、空港までどれくらい時間がかかるを尋ねて、(2)のような返事をもらったとします。

(1) "How long does it take to the airport by taxi?"
(2) "Hmm, about fifteen minutes, I guess."

これは無生物主語ではなく、次の文の省略形と考えてよいと思います。

(3) "It takes about fifteen minutes if the traffic is not jammed."

問題は、(1)の相手からの問いかけに対して、無生物主語で次のように答えられるかどうかです。

(4) "A fifteen minutes' ride will take you to the airport"

もちろん文法書にはこのような文が載っていますが、「時間はどのくらい」という(1)の質問に対して、情報の流れからすると、「15分」という新情報が文頭にきてしまっています。したがって(4)のような返事は、(1)の質問に対してはやや奇妙に響くのです。

(4)のようなことを言う状況としては、これから市内観光に行きたいが、あまり行くまでの時間は取られたくない、でもどこか面白い場所をいったときに、短い所要時間は尋ねる側と答える側との共通理解事項ですから、"A fifteen minutes' ride"は旧情報となり、文頭にきても不自然ではありません。その質問ではどこの場所で、またその場所がどんなふうに面白いかが新情報になりますから、

(5) "A fifteen minutes' ride will take you to an airport showing vintage aircraft."

斜字体の部分が新情報です。

このように無生物主語といっても文脈を無視して、いきなり無生物が主語になる言い方をするというのではなく、あくまでも相手と私との間に共通理解が成り立っている内容が無生物の主語となります。
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2016/04/01

基準値は一つ: 若かったころ

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「君は、先月は授業が2回連続して欠席している」と先生に言われたとすると、それを英語に直せば、

 

    You missed my class twice in a row last month.

 

となり、「欠席している」と日本語では現在形ですが、英語では過去形になります。日本語がこのような場面で現在形を使うのは、日本文化学者・板坂元は、「話し手の時の流れの目盛り」(この発言をする先生の頭のなかの時間目盛り)と、「話の内容の時の流れの目盛り」(先月二連続で欠席)との二つが共存しているからだと指摘しています。話し手である先生は意識として、いま眼の前にいる学生に向かって、いまの時点で、二回連続欠席しているとあくまで現在時点で考えています。これが「話し手の時の流れの目盛り」で、時間は現在です。ところが、二回連続欠席はいまではなく先月という過去のことで、その事実は過去にすでに起こっていることです。これが「話の内容の時の流れの目盛り」で、時間は過去になります。このように現在と過去の二つの時間が共存しているために、「先月は~している」という過去と現在とが一つの文の中で同時に存在してしまうのです。

これを敷衍していえば、英語の場合には、「話の内容の目盛り」だけしかないので、missed my classという過去形しか使いません。目盛りが一つ、つまり基準値が一つしかないということがわかります。これがわかると、北米のポップ音楽の名曲、"Yesterday Once More"でこの歌で描かれている人物が、若者だったのか壮年だったのかがわかります。

 

When I was young I'd listen to the radio.

Waitin' for my favorite songs.

私が若かった頃、好きな曲を待ちながら

ラジオを聴いたものだった。

 

基準値は現在で、過去において「若い」、ということはいまはもはや若くないということなります。それを裏付けるかのように、I'dとこの私は述べています。I'dI wouldで、このwouldは過去に自分がよく行っていた行為を懐かしむ意味があるので、この「私」は壮年だということが伝わってきます。

基準が一つということですから、

 

When I was young, I'd listen to the radio.

But now that I am a college student, I have to give up on listening to it.

しかしもう大学生だから、リスナーになるのはあきらめないと。

 

という英語は文法的には正しくとも、これでは私は大学生を若者と考えていないことになり、奇妙に響きます。大学生も若者で、大学生である私が、いまの自分よりも年齢が若かかったということにしなくてはなりませんから、

 

When I was younger, I'd listen to the radio.

But now that I am a college student, I have to give up on listening.

 

比較級にする必要があります。現在を基準値にして、「話の内容の目盛り」に当てはめていくという作業が必要なのです。このタイプの比較級を使うことは私たちはそれこそ比較的苦手です。このタブレットはあのノートパソコン(英語ではlaptop)よりも大きいなどといったような「話の内容の目盛り」だけの比較は容易ですが、「話し手の時の流れの目盛り」が入った比較級は警戒が必要です。私自身、最初にアメリカに留学した20代の時に、会話の中で"When I was young"といってしまい、相手から何度も笑われました。



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2014/10/31

【思い違いしている動詞】 learn と study

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learn

日本語の「学ぶ」というよりも、「技能などを覚えて身に付ける」という意味のほうがしっくりときます。これに対して「調べ、考えながら学ぶ」あるいは「学科目として学ぶ」のがstudyです。ですからI amlearning Englishというのは、英語を覚えて、読み・書き・話し・聞くという技能を身につけようとしていることをあらわしています。I am learning English literatureが奇妙に響くのは、イギリスの文学作品名や歴史を覚えたところが何かの技能が身につくわけでもなく、また作品を読解する、分析する、比較するといった多種多様な特別技能のうちのどの技能なのか容易に想像できないからです。

またlearnでもう一つ重要なのは、この「身に付けた」という着地点が意識されていることです。

              Schliemann learned Greek in six weeks.

             シュリーマンは六週間でギリシア語を身に付けた。

 

あの複雑な活用をするギリシア語をわずか六週の間に「学んだ」のではなく、六週間立ってみたら覚えた成果としてギリシア語を身に付けたということです。ですから、本文中のlearn to~にも「~ができるようになる」という意味が出てきます。

念のためですが、両者の違いはもうわかるはずです。

I learned Chinese at school.

I studied Chinese at school.


learned
の方は、学校に通って中国語を身につけましたという意味であるのに、studiedの方は課目として勉強しただけで、身に付いているかどうかは不問になっています。
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