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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫
 

エンブレムの世界

Emblem入門
2014/09/25

ペトラルカとルネッサンス文化 Part01: 手書きの摸倣

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■横顔を私達の側に向け、どこか左奥の遠くを見つめているこの女性は、右腕の指を伸ばしながら本を開き、私達が本の文字を読めるように誘っている。左側のページの一行目の冒頭は"Se voi"という文字が、右ページの6-7行目の冒頭には、"Che"と"Non"という文字がくっきりと見える。そして左右両ページとも14行からなっており、ルネッサンス期に流行したソネット形式の詩だとわかる。これらことをヒントにして、この本はペトラルカの恋愛ソネット集『カンツォニエーレ』(1350年)で、左側はソネット64番、右側がソネット240番だと判明している。

アーニョロ・ブロンズィーノ「ラウラ・バッテイフェッラの肖像」1547-53年頃







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2014/09/25

ペトラルカとルネッサンス文化 Part02: 模写から逸脱へ

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■女性が開く本の左ページあるソネット64番では、何が語られているのだろうか。ペトラルカの恋愛ソネットは、独身男性ペトラルカが既婚夫人ラウラをその神聖さと美しさゆえに一目惚れする。男性は自分の肉眼では女性の外面の美に牽引されるが、自分の心は清らで精神的な愛を大切にするという肉体的愛と精神的愛との葛藤に陥る。しかも女性は肉体的にも精神的にも夫への貞操を守るために、男性側の思慕を頑として受けつけようとしない。


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2014/09/16

ペトラルカ写本 Part03:字義から寓意へ

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■二枚の巻紙は巻かれておらず広がっているが、広がっていられるのはなぜだろうか。上の巻紙の右端と下の巻紙の左端を、前腕付きの手が、それも肘頭から翼が生えた手が押さえつけているからである。翼があるということは、この二枚の巻紙は宙に浮いているのだ。
■超自然的ななにものかによって、文字が書かれた紙が宙に浮いたままになっているというのは、西欧の象徴体系の中ではそれほど奇妙なことではなかった。
■マルティーニと同じシエーナの画家で、マルティーニが教皇庁のあったアヴィニョンで活動するためシエーナを去った後に、シエーナの筆頭画家となったのは、アンブロージョ・ロレンツェッティであった。ロレンツェッティは、シエーナ市庁舎の一室に善政と悪政を主題とする巨大フレスコ画(1338-9年)を部屋の四面の壁に描いている。そこにはいくつも文字が
■書かれた紙が宙に浮き、それを支えているのが美徳や悪徳の名のついた天使たちである。たとえば悪政の壁画には、空を舞いながら右手に剣をにぎり、左手で帯状の巻物をもち広げている<恐怖>の天使がいる。そこに書かれているのは、「各人が自己利益を追求するためにこの国では正義が僭制に屈する」[前半部分]というイタリア語の寸鉄詩である。 










■ペトラルカ写本とほぼ同じ頃に描かれているこのフレスコ画でも、画像と文字が同一空間に共存し、文字が画像を解説し、画像を見る人の意識を描き手の意図どおりに誘導する役割を果たしている。ところでこの天使の頭のすぐ上にはTIMOR(恐怖)とあり、この天使の画像が恐怖という、誰もが知り経験していてすぐにそれとわかる抽象概念を表しているのだと、描き手は誘導している。巻紙に書かれた寸鉄詩が画像全体の出来事を説明しているのに対して、このように一人の人物像、場合によっては一個のものの像の説明することもあるのだ。詩や一単語があらわす抽象概念をひとつの画像として表現することは、西欧の中世ではひとつの思考習慣として定着しており、それはペトラルカ―マルティーニの14世紀には確実に根を張り生きていた。このような画像は寓意(アレゴリー)とよばれていた。ロレンツェッティのフレスコ画は、「善政と悪政」ではなく「善政と悪政の寓意」とよばれることがむしろ普通になっているが、「寓意」とわざわざことわるのは、これが善政・悪政が実際に行われて、たとえば善政なら人々の食卓に食べ物が豊富にあるといったような実情を前面に押し出して描いているのではなく、クッションに肘をついてシュロの枝を膝から立てている穏やかな顔立ちの女性の姿(平和の寓意)を描いているからである。
■定型の抽象概念を一つの画像に凝縮して表現する形態が寓意であることはわかった。しかし、ここですでに触れたセルウィウスの秘密に戻ってみよう。流れ星とその軌跡についての記述のなかに、この文法学者は字義通りのレヴェルの向うに、アエネーアースの将来の出来事が象徴されているように読み込んだ。ウェルギルスは、あるひとつの事柄を述べながら、それと同時に、その事柄とは別の象徴的なことも伝えているのであり、字義通りにしか読まない読者はその象徴的意味を読み落としてしまう。文法事項、語法、過去の類例など字義レベルの説明は注解(glossa)とよばれ、字義の背後に隠されている象徴的意味の説明は釈義(commentaria)として区別されていた。そして象徴的意味もまた寓意とよばれていた。
■中世において、非キリスト教であるにもかかわらず古典がその伝統をほそぼそとではあっても維持できたのは、7世紀にセヴィリアの司教を勤めたイシドロスの功績が大きいが、なかでも決定的だったのは『語源論』(Etymologiae)である。これは分野別にその分野に関連する単語をあげて、その単語の語源と意味を解説したもので、取り扱っている単語の数といい、その的確なわかりやすい解説といい、現代の百科事典の前身を思わせるものになっている。この文法学者にして神学者でもあったイシドロスは、解説にあたり、アウグスティヌスなどの初代教父の文献からだけではなく、ウェルギリウスはもちろんのこと、古典の詩人や歴史家たちの著作や、ギリシアではホメーロス、プラトン、アリストテレスからの引用もしている。
■この学者による寓意の説明は次のようになっている。

ある事柄を音にだして述べながら、別な事柄が理解される。ちょうど「三匹の雄鹿が海岸をさまよう姿を彼は見た」[『アエネイアース』1巻184-5行]というのが、ポエニ戦争における三人の将軍あるいは三次のポエニ戦争を意味しているようにである。(『語源論』1巻37章22節) 

■トロイアから船で脱出したアエネーアースが海上で暴風雨に遭遇し、船がアフリカのカルタゴに漂着したときの出来事が、ローマがやがてハンニバル率いる強敵カルタゴと戦うポエニ戦争を象徴的に示しているというのだ。
■20世紀の古典学者による注釈は、注解(glossa)であることを心がけ、釈義にまで踏み込もうとしないので、イシドロスの寓意の説明は掲載されていない。20世紀の古典の読み方は寓意にまで踏み込まないという線で展開されているといってもよい。これは、テキストに寓意を読み取ることが、物語の本来の筋と基調音に対して雑音を入れ、筋の流れを見失わせることになりかねないからであり、それに加え、寓意釈義は釈義者による解説が作者の意図から離れた恣意的な説明ではないことを証明することがきわめて難しいからである。 
■もちろんテクストの中に著者が明らかに意図的に仕掛けておくという場合もある。たとえば『薔薇物語』(1275年)では、若者が夢の中で見たバラの蕾に恋をし、それを手に入れようとする筋よりも、恋愛をするときに湧き起こる感情の葛藤が寓意によって提示されており、それを知ることの方がむしろこの物語を読むという行為に正当性をあたえている。
■ペトラルカの時代から17世紀まで西欧の文化は、作品制作者の制作意図からはずれることを極度に恐れるあまり、作品に無理矢理押しつけた二義的解釈というレッテルを嫌うわけではなかった。イシドロスの釈義のように、字義の層における直接的な文脈の至近距離のなかにではなく、将来の出来事などをあらかじめ象徴的に表現していると解釈したり、『薔薇物語』のように、作品の外にあって作品を実はささえている価値や観念の体系である宮廷恋愛の掟と作品を照合させて読解をすることは、空想的というよりも創造的として肯定的に評価された。
■では寓意が字義通りとは異なった別な意味をもち、その別な意味は直接的には不明だというなら、推測によって正解にたどりつく謎とどう違うのだろうか。これもイシドロスが回答を与えてくれている。

謎(aenigma)とは、説明がなくてはなかなか解答できない曖昧な問題。「食べる者から食べ物が出た。強いものから甘いものが出た。」[「士師記」14:14 サムソンが披露宴で出した謎]のようなものである。…寓意と謎との違いは、寓意には二重の力があり、ある一つの題材を別な複数の題材の様相のもとで比喩的に指し示すが、謎では[指し示す]意味がただ曖昧なだけで、イメージを通じてその解答が暗示されている。(『語源論』1巻37章26節)

■言葉によって指し示される事柄が何であるかによって、寓意と謎との違いがでてくるのではなく、言葉と事柄とがどういうかかわりになっているかによって違いが生まれるというのだ。謎の場合には、事柄がイメージ化されていて、言葉はそのイメージの一端を指示するだけなのだ。サムソンの謎の場合には、解答はライオンの口からとった蜂の巣だが、食べる者、強いものはライオン、食べ物、甘いものが蜂の巣ということになる。一方、寓意の場合には、流れ星の落下という一つの題材が、別な土地でのトロイアの再興、アエネーアースの脱出と航海といった別な題材との関連で、それら別の題材を間接的に指示する働きをもっているのだ。
■これを本来の寓意とすると、ロレンツェッティの絵画のように、鋭く尖った剣をもつ恐ろしい形相をした天使という一つの具体的な画像であり、その天使であり剣を表現していながら、その画像が恐怖という一つの抽象概念を表現することも寓意ということになる。なぜなら、剣をもつ天使という題材が、悪政によってもたらされる市民への恐怖という別な題材を指示しているからである。そして『薔薇物語』の挿絵がそうであったように、何の寓意になっているかを描き手は文字を使って一語で表現までしてくれている。


■■■ポイント:言葉は、別な文脈に置き換え二重読みする必要がある■■
■■■ポイント:二重読みが可能な表現方法を寓意という■■


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2014/09/15

ペトラルカ写本 Part02: 画像と文字の協力

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■前節では画像と文字が垣根をもって相反することなく、同一の場に共在していることがわかった。では共存することによってどのような効果を生み出しているのだろうか。

■その効果を教えてくれるのが、二枚の巻紙(カルテッロ)のうちの二番目の寸鉄詩(エピグラム)である。

Servius altiloqui retegens archana maronis

vt pateant ducibus pastoribus atque colonis

秘密が将軍、羊飼い、植民者にもわかるように、

高所から語ったマローの秘密を明かすセルウィウス

 




■私達の名前は姓と名の二つからなっているが、ローマ人は自由人男性であるなら、個人名・家門名・家族名の三つからなり、個人名=名前
(prenomen)と家族名=姓(cognomen)の間に家門名(nomen)が入っていた。ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)は家門名・家族名で、個人名はガイウスだったから、家ではガイウスと呼ばれていた。さてこの巻紙のマローとは、ウェルギリウス・マロー(家門名・家族名)で、ローマ文学史では家門名で呼ばれることが通例である。ローマの最高峰と評価されている詩人で、田園詩、農耕詩、叙事詩を書いたが、そのいずれも後代の手本となっている。

■ この寸鉄詩でペトラルカは、ウェルギリウスを「高所から語った」(altiloquus)という造語をわざわざ使って形容している。その意図は、ウェルギルスの詩は、田園・農耕・叙事詩のいずれであれ、そこには詩が文字通り述べていることとは別に、「秘密」が隠されているからで、文字通りの意味だけを追っていき誌を味わい鑑賞することはもちろんできるのだが、それだけでは不十分だと教えているのだ。ではどんな秘密が隠されているというのか。それを教えてくれるのが、セルウィウスだという。

■ セルウィウスは4世紀の文法学者だが、20世紀中頃の文法学者のように言語習得のための文法や単語の用法などだけを論じる学者ではなく、19世紀の言語学者(フィロロジスト)のように、文法や語法知識だけではなく、言語の成り立ちそのものや言語が使われる背景となる文化や歴史までも研究の対象とする、そういう学者であった。セルウィウスの直接の師ではないが、同じく4世紀にアエリウス・ドナートゥスという後代にもっとも影響力を与えた文法学者がいた。ドナートゥスはウェルギルスの詩作品に注釈をつけたが、その注釈にさらに注釈を加えたのがセルウィウスであった。そのセルウィウス注釈版にさらに7-8世紀頃に注釈が加えられ、それが写本の形で伝っていた。この写本は、通例「セルウィウス・アウクトゥス」(増加したセルウィウス)と呼ばれているが、そこではラテン語の単語解釈や語法の前例からローマの風習や政治制度に至るまで幅広い解説がなされている。ではこれらが「秘密」だったのか。もしろんそのようなことはない。

■セルウィウスの本領は、予兆や何気ない言及の裏に将来にかかわる預言を読み取り、それを開陳していることにある。たとえば叙事詩『アエネーイス』のなかで予兆として有名な箇所(2691-698行)に、トロイアの城壁都市が陥落し、主人公アエネーアースが脱出しようとするが父親が留まるといって進退窮まったときに、雷鳴がし、流れ星が下る箇所がある。星の軌跡は左側から都市近くの森へと落ちていくが、軌跡は消えずに光り輝き、森一体に硫黄の煙が立ち込める。その説明としてセルウィウスは、光は、アエネーアースの家の将来の栄光、軌跡が残るのは、全員ではなく何人かがここに立ち止まること、軌跡が長いのは、今後の道のり(トロイアからローマ)が長いこと、また軌跡が畦として記されるのは、道のりが海路(畦sulcusは船の航跡という意味もあった)であること、硫黄の煙はイタリアでのアエネーアースの死あるいは戦争をさしているという。流れ星についての一節には、流れ星が流れて落下したという表示的意味だけではなく、文字通りの意味の廃語に隠れてこうした意味が潜んでいると、作者の意図を説明してくれるのだ。だからセルウィウスは「秘密を明かす」のであり、「明かす」(retegens)という言葉は覆いをはがすという意味なので、この画像の上側にあるように、中央に立つセルウィウスが、執筆中のウェルギルスをさえぎっていたベールをその右手で手繰り寄せ、ウェルギルスの姿が見られるようにしている。

このように画像だけからは読み取れないことや誤解して読み取ってしまうことを文字は防ぎ、正しい画像の読み方を教えてくれるのだ。一瞬のうちに見て取れる画像は、言葉が進んでいく時間の流れの中でその表層の意味が開示されていくのである。では逆に、画像は言葉を説明してくれないのだろうか。

■この問題に答える前に、まず私達は、言葉がもつ二重性、すなわち字義通りの意味とそのレベルを超えて言葉が詩として抱え込んでいる内事の象徴的な意味について考える必要がある。

 
■■ポイント:文字は画像の正しい読み方を指示する■■


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2014/09/14

ペトラルカ写本 Part01:画像と文字の共生

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■これは絵画ではない。しかし日本の中学の美術の教科書に載るほど著名な画家の作品である。なぜ絵画ではないのか。私達が絵画というときには、壁に飾って鑑賞するためのものであり、それが一つだけで独立した世界を作り出している。だから漫画がどれほど視覚的に訴えようとも、それを絵画と呼ばないのは、漫画は一コマで独立することはできないし、鑑賞するためのものでもないからだ。実はこの画像は、完成した写本の扉の部分用に、写本の所有者が自分の友人でもあった著名な画家に依頼して描いてもらったものなのだ。写本と一セットになってこの画像は意味をもつのであって、写本の内容から切り離してこの画像を鑑賞することは、それが形態の美の鑑賞であるとしても誤読への一歩となりかねない。
■そういわれてみれば、この画像には、私達が知っている絵画の特性にはないが、漫画にはいつもあるはずの決定的特性がある。文字である。右端で樹に寄りかかりながら羊皮紙本に鵞ペンで書きつけている人物の脚の下には、二枚の巻紙(カルテッロ)が広げられており、それぞれ二行からなる短い詩(エピグラム)が書かれている。そのうち、最初のものは、


Ytala praeclaros tellus alis alma poetas
Sed tibi Graecorum dedit hic attingere metas
豊かなイタリアの大地よ、汝は名高き詩人たちを育んでいるが、
これは汝がギリシア人たちの到達点に至ることを許した。
 
■到達点(meta)というのは、馬にひかせる戦車のスピードと機動力を試す競技で、競技場内の方向転換点のことをいう。到達点をギリシア詩人の水準に見立てて、その地点にローマの詩人たちのうち「これ」が到達したというのだ。「これ」とは、この画像とともに綴じられている詩集の著者ウェルギリウスのことである。この詩集は、活字印刷本ではなく、グーテンベルグによる活版印刷が技術的に可能になった14世紀後期よりも300年ほど前のものだと、本の見返しに記載されていた手書きメモからわかっている。印刷術ができる前の本だから、これは画中の人物が持っているような、羊皮紙製の写本なのだ。この写本の持ち主は、ルネッサンス最初の詩人と位置づけられているペトラルカである。もう少し正確にいえば、詩人ペトラルカの父ペトラッコが所有していたものを、ペトラルカが譲り受けたものである。
■ペトラルカは、今の私達には恋愛詩、人妻であったラウラに一目惚れし、ラウラの美しさとラウラに対する深い恋の想いを317篇ものソネットで切々と歌い、ルネッサンス恋愛詩の始祖として評価が定まっているが、実は、熱狂的な写本収集家であった。
■そしてそのソネット(第77番)の中で、ペトラルカの友人であった画家シモーネ・マルティーニの名を挙げて、マルティーニがラウラの肖像画を描けたのは、マルティーニが天上にシモーネ自身の魂を上昇させ、ラウラの純粋な美を観照することができたからであったという趣旨のことを述べている。マルティーニの描いたラウラ像は現存していないが、現代まで伝わっているここで扱っている画像はこのマルティーニが描いたものなのだ。ペトラルカは当時すでに名高かったジョットとともにマルティーニとも交友があった。[1]そのマルティーニの名を知らしめている作品の一つが受胎告知像である。
■現在はフィレンツェ・ウフィツィ美術館に所蔵されているが、もともとはフィレンツェの隣国であったシエーナの司教座聖堂の主祭壇画(祭壇の後ろに置かれ、後陣との仕切りの役目を果たす)であった。受胎告知部分だけでまるで独立した一枚の絵画のようにして鑑賞されることが多いが、全体図からもわかるように、告知する天使ガブリエルから仕切られてシエーナの守護聖人である聖アンサヌスが立ち、また同じく聖母の側には聖女マクシマが立ち、上部の正円窓には、旧約時代の四大預言者、エレミヤ、エゼキエル、イザヤ、ダニエルの上半身像が描かれている。ここまでくれば、この像が鑑賞のためではなく祈りのためのものであり、受胎告知という出来事そのものが聖書という文脈から切り離せず、聖人や預言者に囲まれ、教会内の他の図像や彫像などが織りなす空間のなかで意味をもつことが教えるように、この主祭壇画が一つだけで独立した世界を作っているわけではない。これも絵画ではないのだ。そして漫画のように、実はこの画像にも文字が描きこまれているのだ。それは天使の口から聖母の右耳を結ぶ線を目で追っていくと、そこには大文字で次のような記載があることがわかる。


















AVE・GRATIA・PLENA・DOMINUS・TECUM
めでたし、聖寵満ちみてる人よ、主は汝とともにいる
■これは、男性との肉体的交わりによる受胎ではなく、聖霊による受胎を告げる場面を記述した「ルカ福音書」の一節からの引用である。私達のよく知るバッハの「アヴェ・マリア」もこれと同じ箇所を題材にした作品である。
■19世紀の風景画や20世紀の抽象画は、私達が日常使い慣れ、生活には不可欠となっている文字を画面上に描き入れることはまずない。絵画と文字とは不可視の線引によって、絵画が聖なる崇高な芸術を志向するのに対して、他方は文字は日常性にべったり張り付いた世俗と関わりを持つものであるかのように取り扱われている。ところがペトラルカの時代にはそのような線引はなかった。
■18世紀批評家レッシングの芸術論書『ラオコーン』での指摘を待つまでもなく、言語表現は一過的で時間の流れにそっているが、視覚表現は言葉とは異なってそこに何があるか、伝えたい内容を一瞬のうちに理解させる。ペトラルカの時代には、文字は音読されるものであり、黙読は一般的でなかった。発話は聴き手の心を誘導する言葉であり、その言葉を聞く人の精神を、直線という二次元世界の軸と時間という四次元の世界の軸に釘づけにする。これにたいして視覚表現の作品は、鑑賞者を空間という三次元世界にとりこむ。時間の助けを借りないという意味で時間の流れとなじまない視覚表現は、三次元空間のなかにすっぽりとおさまる存在なのだ。言語表現によって、視覚表現は時間のなかで起こる出来事へと変容する。受胎告知は今まさにこの場のこの瞬間に起こり、ウェルギリウスはこの写本に収められた詩集を読み始める読者によって、ギリシア詩人たちが到達した地点に立つことになる。
 
■■ポイント:文字と画像が相反することなく、同一面に共在する。■■

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[1] 『近親書簡集』5:17。


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2014/09/05

エジプト熱にかられて:ウァレリアーヌスPart 01

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ウァレリアーヌス『聖顕図像文字:エジプトの聖なる文字の解説』 1556年



力は知恵に屈する

アンティオケアの貨幣に、ライオンが地面すれすれに這っていて、フクロウがその上を飛び去っていく姿が描かれている。これは夜の黄昏を表していると考える人が少なからずいる。なるほど、太陽が沈むと、この鳥を介して夜になったことがわかり、夜が出てくるという意見である。しかし私は、このたぐいの聖顕図像文字の図は、力は知恵に屈することを示しているのだと確信している。というのは、ライオンは頑強を、夜は[知恵の]ミネルウァ女神を、かの箇所[ここではライオンに関する古典の文献でアポロニウスとウェルギリウス・エウァンドルス]における記述は示しているからだ。


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2011/08/27

心象風景としてのエンブレム

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エンブレムの揺籃から興隆期は「エンブレムの世紀」(1531年-1647年)という用語で括られるが、この世紀に出版されたエンブレム集の中でもその図像がもっとも精巧で洗練されているものといえば、ファン・フェーン『愛の神アモルたちのエンブレム』(1608年)をはずすことはできない。


このエンブレムの出版年が、光学原理に依拠し、まるでレンズに映し出したようなオランダ絵画の勃興期にあたっていたことを考えれば、その精巧さは当然といえば当然だろう。しかもフェーン自身はイタリアでの修行留学経験をもち、オランダでは画家ルーベンスの師匠であったから、図像の下絵に指示や修正を求めたことも可能性としては十分にあり得る。 このエンブレム集は、図像が精巧なだけではなく、図像中の美的洗練にも目配りが行き届いているのも言わずもがなである。
23:20 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
作品解説: パス『オウィディウス 変身物語』
原典のタイトルは次の通りである。
METAMORPHOSEon Ouidianarum typi aliquot artificiosissime delineati, ac in gratiam studiosae juuentutis editi per Crispianum Passaeum Zeelandum chalcographum. Anno salutis humanae 1602
オウィディウス『変身物語』に基づく、きわめて精巧に描かれた若干の挿絵: 芸術を愛好する若者の喜びとなるよう、ネーデルランドの銅版画家クリスピン・ドゥ・パスがキリスト歴1602年に出版
 

Opera Emblematum

エンブレム作品集
1234
2017/10/23

レウコトエとクリュティエー

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02:37 | パス 『オウィディウス 変身物語』 
1234
作品解説:スプレンギウス『オウィディウス 変身物語』
原文のタイトルは次の通りである。
Metamorphoses Ovidii : argvmentis quidem soluta oratione, enarrationibus autem & allegoriis elegiaco versu accuratissime expositae, summaq[ue] diligentia ac studio illustratae per M. IOAN. SPRENGIVM AVGSTAN. Vna cum artificiosis picturis praecipuas historias apte repraesentatibus, ....1583

オウィディウス 変身物語:アウグスブルグのヨハンネス・スプレンギウス師による、流暢な散文による解題と説明、そして哀歌調の詩により綿密に解かれた寓意付き。寓意は師により熱心かつ入念に明らかとなった。また寓意とともに、選りすぐった話を再現するのにふさわしい芸術性の高い絵付き。 1583年
 

Opera Emblematum

Opera Emblematum Sprengius
12345
2018/03/09

狂ったアタマースは息子レアルクスを殺す

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出典『変身物語』4512-563


11:18 | 4巻
12345
作品解説: カメラリウス『象徴とエンブレム 400選』
ヨアキム・カメラリウスJoachim Camerarius (1534-1598).
原文のタイトルは以下の通り。
Centuria exquisitissimorumsymbolorum et emblematum: historiarum sacro-prophanarum moralium & politicarum cultoribus perquam utilis & necessaria : ex eruditissimis prisci & moderni saeculi auctoribus 
象徴とエンブレムの精選100。歴史、聖と俗の道徳、政治といった教養にきわめて有益で必須のもの。古典時代と近代の著述家の中でも学識溢れた者から収集した。
 

象徴とエンブレム400選

Camerarius >> 記事詳細

2017/12/29

VICTOR UTERQUE CADIT

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VICTOR UTERQUE CADIT




 

Victor uterque cadit. proh quam victoriaacerba est,

   Cum trahit in praeceps una ruina duos.


05:45 |