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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫
 

お知らせ

■同一の歌・篇あるいは同一の巻からの記事の場合、最初の段落はほぼ同じ内容が記載されていることがあります。
■ラテン語はローマ字読みでも西欧人に通じます。しかし、ラテン語の母音は長く読むものがあり、それをきちんと踏まえた方が正確な読みに近づきます。また詩では、韻律の関係から、単語の末尾の母音などが省略されることがあります。読み方に<詩>とあるのは、韻律を踏まえた読み方です。
 

Witty Remarks in Latin

ラテン語格言 >> 記事詳細

2019/02/26

失恋の果て

Tweet ThisSend to Facebook | by geoschita
Amor crescit dolore repulsae.
アモル・クレスキト・ドローレ・レプルサエ
「拒まれたので悲しくなって、愛が募る。」(オウィディウス『変身物語』3巻 395行)

 山の妖精エコーは、女神ユノーから女神を騙した罰として、相手の話の末尾部分だけ声に出せるようになってしまった。ある時、美貌の青年ナルキッススを見つけて一目惚れし、しばらくは隠れていたが、ついに茫然自失し、飛び出して青年に抱きつく。誰にも恋心を抱かないこの青年から、手を放し、自分を自由にしてくれと、即座に拒まれる。エコーは手を放し、森に再び隠れ、洞窟で暮らすようになるが、ナルキッススへの恋心は募るばありかであった。愛を拒まれて悲しくなり、その悲しさゆえにかえって恋心が高まることを、引用の言葉は教えている。そしてエコー(こだま)は、そのかなわぬ恋から憔悴し、ついに声だけになったという。
 日本の小歌(民謡)では、「ともすれば振られ候身は、さて棒か茶筅(ちゃせん)か。」(『宗安小歌集』(江戸時代初期) 95)とあって、相手に言い寄っても振られる自分を、棒や茶筅に自嘲的にたとえている。
 

妖精エコーを拒む青年ナルキッスス (ポンペイ壁画)
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