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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫
 

お知らせ

■同一の歌・篇あるいは同一の巻からの記事の場合、最初の段落はほぼ同じ内容が記載されていることがあります。
■ラテン語はローマ字読みでも西欧人に通じます。しかし、ラテン語の母音は長く読むものがあり、それをきちんと踏まえた方が正確な読みに近づきます。また詩では、韻律の関係から、単語の末尾の母音などが省略されることがあります。読み方に<詩>とあるのは、韻律を踏まえた読み方です。
 

Witty Remarks in Latin

ラテン語格言 >> 記事詳細

2019/02/26

恋の薬

Tweet ThisSend to Facebook | by geoschita
Nullis amor est sanabilis herbis.
ヌッリース・アモル・エスト・サーナービリス・ヘルビース
「恋はどんな薬草を使っても治療できない。」(オウィディウス『変身物語』1巻523行)

 アポッロー神が、アモル神[キューピッド]に向かって、その弓矢にはアポッローの弓矢のように、敵に傷をおわせ倒す力がないではないかと馬鹿にした。それに怒ったアモルは、恋を掻き立てる効能のある矢をアポッロー神に打ち込む。そして恋を退ける効能のある矢を河神の娘ダフネーに打ち込んだ。アポッロー神はこのダフネーに恋するが、ダフネーの方は神から逃げ去る。なんとしても自分のものにしようと神は追いかけ、走るダフネーを説得するべく語りかけた言葉の中の一節が、引用の言葉。
 日本の小歌には、「笑止(しょうし)や憂世や恨めしや、思ふ人には添ひもせで。」『隆達節(りゅうたつぶし)』(1592~1615頃)とあって、好きなあの女の子と夫婦としてともに暮らすことができないのは、辛い、苦しい、恨めしいと嘆きがある。そして俗諺には、「心の病は心の薬にて治すべし。」とあって、嘆いたところで、それを治す薬がないことを教えている。
 
アポッロー神から逃げる乙女ダフネー(2-3世紀頃)(ハタイ考古学博物館[トルコ])
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