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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫
 

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■同一の歌・篇あるいは同一の巻からの記事の場合、最初の段落はほぼ同じ内容が記載されていることがあります。
■ラテン語はローマ字読みでも西欧人に通じます。しかし、ラテン語の母音は長く読むものがあり、それをきちんと踏まえた方が正確な読みに近づきます。また詩では、韻律の関係から、単語の末尾の母音などが省略されることがあります。読み方に<詩>とあるのは、韻律を踏まえた読み方です。
 

Witty Remarks in Latin

ラテン語格言 >> 記事詳細

2019/09/05

地獄で仏

Tweet ThisSend to Facebook | by geoschita

Homohomini deus.

ホモー・ホミニー・デウス

「人間にとって、人は神である。」(エラスムス『格言集』69).

 もうだめだと思っていたときに、助けてくれる人が突然現れることがあるが、そういう人は神に見えてくる。これは、そういうときに使う諺。エラスムスは、宗教改革期に、プロテスタントに対するカトリック教会の教義の擁護者であった。当然のことながら、被造物である人間を創造主である神に喩えることははばかれる。「しかし」と続けて、この論争家は古典に精通した当時の超一流人文主義者として地についた人間らしさをちらりと見せて、苦難を救ってくれた人には「まあここだけの話だが、こういうギリシアの諺がぴったりだね」といって使えると述べている。

エラスムスも簡単に触れてはいるが、キリスト教化される以前のローマ人たちは多神教の世界に生きており、人間の生活に恩恵をもたらしてくれた人は神として崇められた。その典型が皇帝であり、帝国を外敵や天災から守り、生活の安全を確保してくれたとして、死後は神として祭られた。

日本には「地獄で仏に会ったよう」あるいは「地獄の地蔵」という諺がある。この諺は、すでに『平家物語』にあり、「地獄にて罪人どもが地蔵菩薩を見奉らむもかくやと覚えて哀れ也」[巻之二]という喩えがある。また福沢諭吉は長崎からの帰り道の船代で船頭ともめたとき、船客のひとりに助けられ、「地獄に仏と心の中に此男を拝みました」(『福翁自伝』)と述べている。


初代ローマ皇帝アウグストゥスの霊廟(ローマ)

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b8/Roma-mausoleo_di_augusto.jpg


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