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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫

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2011年5月17日開始

紹介

鈴木繁夫
名古屋大学大学院 名誉教授
国際言語文化研究科 (2015年退職)

■学歴
上智大学文学部卒業
大阪大学文学部博士後期課程満期退学

■留学
ウィスコンシン大学大学院 (Rotary Foundation Scholarship)
ハーバード大学客員研究員 (Harvard Yenching Scholarship)
オックスフォード大学客員研究員(文科省海外先進教育研究実践支援プログラム)

■主要著作

Milton in Context(Cambridge University Press,  2010年)共著〔米国Irene Samuel 賞受賞〕

『考える英語習得: アクション・インクワイアリーからグローシアン英語へ』(英宝社, 2007年)

Milton, Rights, and Liberties(Peter Lang,  2006年)共著

『フーコーの投機体験―『これはパイプでない』探求』(渓水社,  2005年)





Misunderstanding can go both ways


2017/01/29

『国富論』とダイダロスの翼(1)

固定リンク | by:geoschita

古典を読む場合には、古典が書かれた時代に共有されていた問題意識を知ることが必要であるし、それに加えて古典の古典、つまりギリシア・ローマの政治・文学・神話にもあらかじめある程度精通しようとする意欲が不可欠だろう。
 たとえばスミスが下敷きにしている、スミスの時代に共有されていた問題意識は、「慎重に行われるべき銀行業務」”the judicious operations of banking”である。この言葉が出てくる前の箇所でスミスが述べていることは、当時の商慣行についてである。補って説明すると、農産物や工業製品などの商品を生産者が販売者に売り渡す場合には、金貨・銀貨を介して受け渡しが行われている。しかしスミスの時代のスコットランドでは多くの個人銀行が誕生しており、これらの銀行がそれぞれ自発的に発券業務を営んでいた。発券というと、造幣局による国家業務と今の私たちは考えてしまうが、紙券(paper money)については、個人銀行がその銀行の責任において発券することが可能であった。この銀行券は兌換で、今でいう小切手あるいは手形であった。この紙券は、金額の他に、振出人と受取人の名義、そして多くの場合、償還日が記載されている。これによって、いちいち金貨・銀貨を介する必要がなくなり、売り買いができるようになる。しかし商工業に従事する当時の企業家は銀行券を決済手段としてだけではなく、生産を拡大し業績をあげるための資金獲得手段としても利用するようになっていた。

スコットランドのエア銀行
が発券した手形


しかしこれは紙だから、当然のことながら金銀のように貴金属としての価値によって裏付けられているわけではなかった。また、企業家がなにか事業を起こそうとして資金が必要になって、その資金が自己資本や私人からの信用借りを超えるレベルになった場合、商人間で融通手形を発行したが、その手形に銀行が噛んで手形割引の業務もするようになっていた。そのため個人銀行が手形を、自己資本を超えて乱発することも起こってしまった。手形に対する信用が失われれば、取り付け騒ぎが起こる。そして実際に、スミスの保護者であった貴族が経営者に名を連ねていたエア銀行というスコットランドの個人銀行が、取り付け騒ぎから破綻してしまった。銀行には、「慎重に行われるべき銀行業務」が必要なわけである。

スミスは個人銀行が発行する紙券がその信用創造の力によって、退蔵されている資本を、何か新たに生産するのに役立てる資本に変質させることを認めている。しかし、紙券は正貨ではない。そこでスミスは、金貨・銀貨の現金決済による商取引に対して、紙券の手形決済による取引を比較して、手形決済取引については、前回書いたように、

[鈴木訳]銀行が慎重に業務を行うことで、それはこの国の商工業を拡大することにまあある程度は何かの足しになるかもしれないが、商工業そのものは必ずしも安全ではありえなくなるということは、認めざるをえないだろう。

という判断を下している。

ところで、「必ずしも安全ではありえなくなる」点について、現金決済は下線(2)、手形決済は下線(1)のような比喩を用いて説明されている。


The commerce and industry of the country, however, it must be acknowledged, though they may be somewhat augmented,cannot be altogether so secure,(1)when they are thus, as it were, suspended upon the Daedalian wings of paper money,(2)as when they travel about upon the solid ground of gold and silver.

下線部分は、大河内訳では次のようになっている。



(1)いわば紙券というダイダロスの翼で吊り下げられているのだから(2)金・銀貨という堅固な地面の上を歩きまわる場合にくらべて、絶対安全ということはありえない。

そして下線部(1)の「ダイダロスの翼」の部分に注をつけて説明している。


ダイダロスはギリシャ神話に登場するアテネの名工匠。かれは迷宮の建築家として有名で、その迷宮のなかにその子のイカロスとともにミノス王によって幽閉された。そこで脱出をはかり、蠟の翼を作ってイカロスといっしょに空に飛んだが、イカロスは高く昇りすぎて日光で翼がとけてしまい海中に落ちて死んだという。


ダイダロスが翼を作り出し、その翼を付けたその子イカロスは見事に空を飛べたが、イカロスは高く昇りすぎて海に墜落したことは、ギリシア・ローマ神話のなかでも有名な逸話として、現代でも語り継がれている。この逸話は現代ではイカロスの名前で百科事典の一項目に記載されている。ところで20世紀半ばまで、イギリスでラテン語が大学入学の必須科目であったので、この逸話は百科事典を通じて得る知識ではなく、ラテン語で書かれたギリシア・ローマ神話を読んで直接学ぶことであった。
 その神話教科書としてもっとも代表的なものが、アダム・スミスの時代はもちろんのこと、イギリス経済学の祖ともいえるウィリアム・ペティの
17世紀でも、オウィディウスの『変身物語』であった。この書のラテン語が比較的読解しやすいこともあって、日本の中高生が『竹取物語』を読むような感覚で、大学入学前の教育では『変身物語』は教材として採用されていた。

ところで、この『変身物語』内の記述(8183-235行)は、大河内訳の注の説明とはひとつ大きく異なっていることがある。

Nam ponit in ordine pennas,

a minima coeptas, longam breviore sequenti,

ut clivo crevisse putes. Sic rustica quondam

fistula disparibus paulatim surgit avenis.

Tum lino medias etcerisadligat imas,

atque ita compositas parvo curvamine flectit,

ut veras imitetur aves.       (8189-190)[斜字体は鈴木]

           というわけで、ダエダルスは、一番小さな羽を起点にして

短い羽に長い羽を加え、順に並べていったが、

それは傾斜しながら大きくなっていったと思えるほどだ。ちょうど昔ながらの田舎葦笛が

長短そろっていない葦を長さの順に少しずつ並べて盛り上がらせていくようだ。

[ダエダルスは羽のまとめたものの]中央部分は紐で、基底部は蜜蝋でつなぎあわせ、

こうして整えて、湾曲を多少くわえて、本物の鳥の翼に似せる。

大河内訳の注釈は「蠟の翼」となっていて、あたかもダイダロス(ローマ名はダエダルス)はラテン語が蝋(パラフィン)を使って蝋製の翼を作ったのかのように読めてしまう。しかし、ダイダロスは、蝋製の翼を作ったのではなく、蝋はあくまでも翼の基底部を接着するために使っただけなのだ。またなぜこれが蝋(パラフィン)ではなく、蜜蝋といえるかといえば、言語cerisが蜜蝋(cera)ということもあるが、羽の作り方が田舎葦笛(rustica fistula)の作り方に喩えられているからだ。

 『変身物語』と並んでこれまた大学入学前のテキストとしてよく使われたのが、ウェルギリウスの『牧歌』であるが、そこにこの葦笛の有名な記述がある。

Pan primum calamos cera coniungere pluris

Instituit.               (231-32行)

たくさんの葦を蜜蝋でつなげることを最初に教えたのが、

パンであった。

パンは牧神で、長さの異なる葦を横に並べて連結させ、それを蜜蝋でつなぎ合わせて、笛にすることを、人間に教えたのだという。だから現代でもこの形の笛は、この牧神の名前にちなんでパン・フルートと呼ばれているが、葦をつなぐ接着剤が蜜蝋だった。葦と蜜蝋はそれこそ切り離せない連想になっているので、ダイダロスの翼の作り方が葦笛のそれに喩えられることで、蝋で基底部をつなぎ合わせるといえばその蝋は蜜蝋と容易に連想が働いた

 ギリシア人はもちろん膠(にかわ)を知っており、雄牛や魚から膠を作っていたので、笛用の接着剤を翼の接着剤として利用するには強度が不足することは想像がついたはずだ。逆に、翼がすべて蜜蝋でできている蜜蝋製翼というのは思いつきにくかったはずだ。したがって、「蠟の翼」という大河内訳の注釈はどうしても不正確な説明ということになる。

 

 

 

 
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