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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫
 

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2011年5月17日開始

紹介

鈴木繁夫
名古屋大学大学院 名誉教授
国際言語文化研究科 (2015年退職)

■学歴
上智大学文学部卒業
大阪大学文学部博士後期課程満期退学

■留学
ウィスコンシン大学大学院 (Rotary Foundation Scholarship)
ハーバード大学客員研究員 (Harvard Yenching Scholarship)
オックスフォード大学客員研究員(文科省海外先進教育研究実践支援プログラム)

■主要著作

Milton in Context(Cambridge University Press,  2010年)共著〔米国Irene Samuel 賞受賞〕

『考える英語習得: アクション・インクワイアリーからグローシアン英語へ』(英宝社, 2007年)

Milton, Rights, and Liberties(Peter Lang,  2006年)共著

『フーコーの投機体験―『これはパイプでない』探求』(渓水社,  2005年)




 

Misunderstanding can go both ways


2016/12/28

『国富論』のためらい (1)

Tweet ThisSend to Facebook | by geoschita


 21世紀に生きている我々が、英語学習の一環としてぜひとも読んでおきたい本として、「チャールズ・ダーウィンの『種の起源(On the Origin of Species)』、「神の見えざる手」で有名なアダム・スミスの『国富論(The Wealth of Nations)』、カントの『純粋理性批判(Critique of Pure Reason)』、そして『アメリカ憲法(Constitution of the United States of America)』」を挙げているのは、自己啓発プログラム開発を行っている苫米地英人だ。これらはそれぞれの分野において、専門家を志す人なら必ず読んでおくべき一冊である。しかしこれらの本を読むことで、英語力増進につながるかといえば、かなり疑問である。
 現代の英文ではスタイルによほど独特の癖がない限りは、一文は一意味を担うようになっている。とくに一文一意味は現代アメリカの論文作法では鉄則になっているおり、現代英語で書かれている著作はこの鉄則に従っている。ところが苫米地が推薦しているものは、18-19世紀の作品で、一文一文が現代英語の水準からすれば長く、接続詞による複数の節の連鎖からなる一文、関係代名詞が入り延々と先行詞を説明する挿入節などが溢れている。一文一意味からすれば、これらの作品の英文スタイルは悪文として添削の対象になるたぐいのものである。もちろん論理の連鎖を頭に保持しつつ書かれた内容を熟考する訓練にはなるが、それは英語力増進ではなく、現代英語とは異なったパタンの読解力養成だろう。
 たとえば、アダム・スミスの『国富論』の次の一文のスタイルは何を物語っているのだろうか。
[1- 原文]The commerce and industry of the country, however, it must be acknowledged, though they may be somewhat augmented, cannotbealtogetherso secure,whenthey are thus, as it were, suspended upon the Daedalian wings of paper money,as whenthey travel about upon the solid ground of gold and silver.


この部分は、大内兵衛, 松川七郎訳(岩波文庫版 1969年)『諸国民の富』では次のように訳されている。

[1 -大内訳]とはいえ、断っておくべきことは、たとえこの国の商業や工業はいくぶんかは増進するにしても、商工業がこういうようにいわば紙幣というディーダラスの翼につりさげられている場合には、必ずしも金・銀貨という堅固な地面の上をあちらこちらと旅行している場合ほど安全ではない、ということである。(『諸国民の富』第2編(第2分冊)319ページ)

同じ部分は、同じ岩波文庫版だが30年後に新訳として出版された『国富論』(水田洋監訳 杉山忠平訳2000年)では次のようになっている。

[1- 水田訳]その国の商業と工業は、いくらか増大するにしても、紙幣というダイダロスの翼で吊り下げられているのであるから、金銀貨という堅固な地面を歩く場合ほどには、全く安全ではありえない。


いずれの訳も、not so secure when…..as when(波線部分)は正確に捉えているが、新訳・岩波文庫版の方がはるかに意味が取りやすく、読者としては読むに耐える訳になっている。
 しかし原文に戻ってみると、主語 "the commerce and industry" が動詞 "be" につながるまでに、挿入語句が三つも詰まっており、スミスはためらいつつ慎重にこの箇所を物語っている。そのためらいの雰囲気を正確に伝えているのは、旧訳の方であろう。


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