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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫
 

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2011年5月17日開始

紹介

鈴木繁夫
名古屋大学大学院 名誉教授
国際言語文化研究科 (2015年退職)

■学歴
上智大学文学部卒業
大阪大学文学部博士後期課程満期退学

■留学
ウィスコンシン大学大学院 (Rotary Foundation Scholarship)
ハーバード大学客員研究員 (Harvard Yenching Scholarship)
オックスフォード大学客員研究員(文科省海外先進教育研究実践支援プログラム)

■主要著作

Milton in Context(Cambridge University Press,  2010年)共著〔米国Irene Samuel 賞受賞〕

『考える英語習得: アクション・インクワイアリーからグローシアン英語へ』(英宝社, 2007年)

Milton, Rights, and Liberties(Peter Lang,  2006年)共著

『フーコーの投機体験―『これはパイプでない』探求』(渓水社,  2005年)




 

Misunderstanding can go both ways


2016/12/21

「自分に信じさせることができる」冤罪

Tweet ThisSend to Facebook | by geoschita

カラス事件を支えているストリーは、プロテスタントの一家から、カトリックに転向する息子が出ることに家族が頭を抱え、父は転向を阻止すべく長男の説得にあたるが、それがうまく行かず、ついには殺害したという、熱狂的なプロテスタント家での犯罪というものである。

この事件を冤罪として再審請求のために手紙を貴族などに送り、またパンフレットも書いて文書を読める世論にこの事件の判決への関心を喚起したのが、権力の不当行使への抵抗者ヴォルテ―ルである。この啓蒙思想家の活動は処刑後に始まり、626月には事件に関わる原資料集を刊行し、同年末から翌年にはこの事件を元に宗教的熱狂から生じる他宗派に対する嫌悪が地球規模で見た場合にはどれほど愚かであるかを説いた『寛容論』を完成させていた。ヴォルテールの活動は633月には実り、再審請求が受理され、646月にはトゥルーズ市役所とパルルマン法院がそれぞれ出した有罪判決が破棄され、652月にカラス一家への全員無罪判決が言い渡される。

アダム・スミスはトゥルーズに643月から658月まで滞在するが、その時期はまさに、この冤罪事件の行末が市での話題になっていた。またこのトゥルーズで、スミスは『国富論』を書き出している。

再び、佐伯啓思の記述に戻ると、

 

スミスは六四年から六五年にかけてトゥルーズに滞在し、まさにこの事件に深い関心をもった。罪を告白するよう勧めた修道士たちに対して、カラス神父は、「神父様、あなた自身、私が有罪だと自分に信じさせることができるのですか」と述べた、とスミスは書いている。

 

「スミスは書いている」とあるが、当該箇所にあたるスミスの記述は『道徳感情論』(第6版)にあり、次のようになっている。

 

After he had been broke, and when just going to be thrown into the fire, the monk who attended the execution exhorted him to confess the crime for which he had been condemned. 'My father,' said Calas, 'can you bring yourself to believe that I was guilty?' 

 

この部分の訳を、佐伯が従った水田洋訳(筑摩版)ではなく、数々の名訳を出している日経BPクラッシクス版における『道徳感情論』(村井章子北川知子訳)を見ると、以下のようになっている。

 

車裂きにされ、いままさに火の中に投げ込まれようとするときに、処刑に立ち会った司祭が罪を告白するよう訓戒した。するとカラスは言った。「神父様、あなたまでが私を有罪だと信じておいでなのですか。」

 

車裂き」は公開拷問であり、また公開処刑法でもあった。左の図は、処刑から約50年後にイギリスで出版された行商本(Chapbook民衆向けの安価な小冊子で、版画入りが多く、行商人が売り歩いたもの)の版画である。この版画が正しければ、カラスの肢体の関節や骨を執行人が砕いて車輪の外周に弧状に縛り付け、車輪の台座から伸びるロープでカラスの脚をくくりつけ固定し、車輪を馬が引いて、時計と反対方向に回転させる。馬の力によって、体が上下に引かれて激痛が走るという拷問である。

さて、処刑に立ち会ったのは、この版画では胸に白抜きの十字架を染めた司祭であるが、スミスの原文では “the monk”(隠修道士)となっている。

修道士には実は二種類おり、『ロメオとジュリエット』に登場し二人に結婚の秘跡を授けるロレンス修道士のように、修道院外での活動も行う修道士は “Friar”と呼ばれる。これに対して自分の属する修道院の外に出ず基本的に院内に留まり祈りと労働に従事するのが “monk”(隠修道士)である。『薔薇の名前』は隠修道士の間で起こった殺人事件である。なお隠修道士はとくに、映画『ブラザー・サン、シスター・ムーン』のフランシスコ会と、異端撲滅に活躍したドミニコ会のメンバーをさすときに使われる。

ヴォルテールは、『エリザベス・キャニングとカラス家の物語』(17628月出版)で、カラスの車裂きのあと彼の最期に立ち会ったのが、「ドミニコ会所属の神学教授であるブルージュ神父、そして同修道会のカルダゲス神父」と記述している。(注2)スミスの原文は単数で“the monk”(隠修道士)だが、あえて佐伯が「修道士たち」としている方が正しいことになる。

しかし問題は、この司祭(隠修道士)がカラスに罪を告白するよう諭したとき、そのカラスの返答である。佐伯は「神父様、あなた自身、私が有罪だと自分に信じさせることができるのですか。」(水田洋訳)を引用している。

原文の骨格は “can bring oneself to do”で、bringは意志や力を使って持ってくるで、そこにoneself to doが加わっているから、恥ずかしいことやつらいことを自分の意志の力を使ってあえて自分自身にもってきてみるという意味である。

たとえば、

I can't bring myself to trust him.

 といえば、「(あんな嘘ばかりついている)奴がいっていることを信じる気にはさらさらなれない。」ということである。また

 I wanted to kill myself, but I couldn't bring myself to that.

 とあれば、「自殺したかったが、それに踏み切れなかった」(國弘正雄『私家版和英.朝日出版社, 1986)あるいは「自殺するほどの勇気がなかった」となる。

とすると、「私が有罪だと自分に信じさせることができる」という部分のうち、「私が有罪だ」という箇所は神父にとっては本来認めがたいこととして意識されていることになる。だから、「私が有罪だと信じる勇気が神父様にはおありなのですか」といったほうが、カラスの意図が伝わりやすいことになる。

 

2: Voltaire, Treatise on Tolerance (Cambridge Texts in the History of Philosophy), Ed., Simon Harvey, (Cambridge: Cambridge University Press, 2000) 113.


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