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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫

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2011年5月17日開始

紹介

鈴木繁夫
名古屋大学大学院 名誉教授
国際言語文化研究科 (2015年退職)

■学歴
上智大学文学部卒業
大阪大学文学部博士後期課程満期退学

■留学
ウィスコンシン大学大学院 (Rotary Foundation Scholarship)
ハーバード大学客員研究員 (Harvard Yenching Scholarship)
オックスフォード大学客員研究員(文科省海外先進教育研究実践支援プログラム)

■主要著作

Milton in Context(Cambridge University Press,  2010年)共著〔米国Irene Samuel 賞受賞〕

『考える英語習得: アクション・インクワイアリーからグローシアン英語へ』(英宝社, 2007年)

Milton, Rights, and Liberties(Peter Lang,  2006年)共著

『フーコーの投機体験―『これはパイプでない』探求』(渓水社,  2005年)





Misunderstanding can go both ways


2017/01/28

『国富論』とダイダロスの翼 (2)

固定リンク | by:geoschita

しかし翼が何製であったのかというよりも、ダイダロスと連想づけられる教訓のほうがここでは重要だ。スミスがわざわざ「ダエダルスの翼」という比喩を使って手形決済による商取引のあり方を説明しているのは、それがやがて「墜落する」からではない。そうであるなら、

[山岡洋一訳]イカロスの翼のような紙幣の力で、いわば空中を飛ぶようになると、金貨と銀貨という堅固な道を歩んでいる場合とくらべて、国の商業と産業は……まったく安全だとはいえなくなる。


このように「イカロスの翼」といってもよいはずであった。翻訳家・山岡は原文のダイダロスをわざわざイカロスと置き換えているのは、墜落のイメージを強く出したかったからかもしれない。しかしスミスがここで翼の製作者であり、イカロスのように墜落しなかったダエダルスの名前を使っていることに、ひとつの意図を感じてしまう。なぜならこの逸話でオウィディウスははっきりと、ダエダルスが息子に語る教訓として、ダエダルスの口を通じてこう語らせているからだ。

 “medio” que “ut limite curras.” (203)

                        程よい道を進むように


高くもなく、低すぎることもなく、中庸の道を飛んで行けと、忠告している。中道こそは、スミスが手形に対して抱いていた感慨であったはずだ。なぜなら、手形を使うことによって、
企業家は手形を降り出すことで、借金が可能になり、より大きなプロジェクや商取引が可能になる一方で、その手形を引き取る銀行は、手形から上がる利子を取得でき、いわばウィン・ウィンゲームとなる。手形による信用創造によって手元の資金が「死んだ資本」にならずに、「活動的で生産的な資本」に転換する。しかし、冒頭で述べたように、企業家の事業がうまくいかなくなった場合、手形が乱発され、そうした手形を銀行側が引き受けると、最後には、手形が焦げつき企業家ばかりか銀行も倒産という憂き目を見ることになる。それはまさに高く飛びすぎた状態である。したがって銀行は、「死んだ資本」と焦げつく手形との間の、中庸の道をその「業務」としなくてはならない。「銀行が慎重に業務を行う」というときに、スミスが考えていたのは、経済史家・竹本洋の言葉を使えば、「銀行は、商人または企業家がときどきの請求に応じるために手元に遊休させて保有しなければならない流動資本部分、つまり手元現金のみに貸し付けを限定しなければならない。」ということであった。この中道を銀行がルーティーン・ワークとして歩むことが、「ダイダロスの翼」という神話を引き合いに出したスミスの意図であったはずだ。

 スミスはここで扱った箇所の直前で、紙券があればこそ起こりえた南海泡沫会社事件についてかなり詳しく言及しているが、スミスの時代の人気作家ジョナサン・スウィフトも、この会社の倒産について言及し、風刺詩を書いている。この詩では、中道を進まなかったこと、蜜蝋が接着剤であったこと、そして翼が紙券であったことがはっきりわかるように描かれている。

In The Bubble              泡沫のなかで

The young Advent'rer o'er the Deep   若き冒険者は、鷲のように
An Eagle's Flight and State assumes,
  堂々と海を渡り飛べると思い上がり、
And scorns the middle Way to keep:
  中道を進むことを馬鹿にする。

On Paper Wings he takes his Flight,  父親が蜜蝋でしっかりと接着してくれた
With Wax the Father bound them fast;
 紙製の翼で空を飛ぶが、
The Wax is melted by the Height,
   高く飛んだので蝋は溶けてしまい、
And down the tow'ring Boy is cast
   真直ぐ舞い上がったこの子は落下する。

A Moralist might here explain     道学者なら、ここで、クレタの若者の

The Rashness of the Cretan youth;   軽率さと解釈し、

Describe his Fall into the Main,    大海への墜落の有様を述べては

And from a Fable form a Truth.     真実を言い当てる逸話とするだろう。

His Wings are hisPaternal Rent,    翼は父親譲りの収益金で、

He melts his wax evry Flame;    熱にうなり、蜜蝋の印鑑を溶かして押し、

His Credit sunk, his Money spent,   信用は沈み、金は使いはたし、

In Southern Sea he leaves his Name. 南海にその名を残していると。34-48行)


スミスはスウィフトの巧みな風刺と簡潔な文体を賞賛しているが、「ダイダロスの翼」という比喩を使ったとき、スウィフトのこの詩が頭の片隅にあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

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