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(形像文化の世界へ)

ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。

鈴木繁夫
 

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2011年5月17日開始

紹介

鈴木繁夫
名古屋大学大学院 名誉教授
国際言語文化研究科 (2015年退職)

■学歴
上智大学文学部卒業
大阪大学文学部博士後期課程満期退学

■留学
ウィスコンシン大学大学院 (Rotary Foundation Scholarship)
ハーバード大学客員研究員 (Harvard Yenching Scholarship)
オックスフォード大学客員研究員(文科省海外先進教育研究実践支援プログラム)

■主要著作

Milton in Context(Cambridge University Press,  2010年)共著〔米国Irene Samuel 賞受賞〕

『考える英語習得: アクション・インクワイアリーからグローシアン英語へ』(英宝社, 2007年)

Milton, Rights, and Liberties(Peter Lang,  2006年)共著

『フーコーの投機体験―『これはパイプでない』探求』(渓水社,  2005年)




 

Misunderstanding can go both ways


2016/12/14

長い広告文に込めたヘンリー・フォードの「理論」

Tweet ThisSend to Facebook | by geoschita

誰にでも理解できるわかりやすい言葉で、それも聴き手を飽きさせない口調で、私たちがおかれている状況の核心をえぐり出せる人は稀だろう。天野祐吉がそういう稀な人であったことは、最晩年の著作『成長から成熟へ』(2013年)が教えてくれる。

戦後の高度経済成長期から
21世紀の低成長の右肩下がりの時期に至っても、成長はよいことだという物財増進神話は頑として揺いでいない。しかしこの物財増進が日本人を幸せにはしてくれないこと、いやそれは広告媒体によって植え付けられ、動物のように条件反射的によいことをオモされている作為の虚構であることを、主として広告に依拠しながら、見事に示してくれる。

広告を生業とする博報堂に勤務した天野は、同社の広報誌の編集に携わり、広報誌廃刊とともに自ら雑誌「広告批評」を立ち上げる。その創刊のことばのなかで、広告の役割は「人びとの暮らしに対する想像力を切りひらき、生きるための目を鍛える」ことにあると、その本質を喝破する。大衆の欲望を煽り、物を意味もなく買わせる衝動的な方向へと人々を扇動するようなものは、広告の本来の姿ではないというのだ。

『成長から成熟へ』では、「暮らしに対する想像力」を持ち、人間らしく充実して「生きるための目」を持つ方向へと広告を批評しながら読者を誘う。そして、現在の生活水準を見渡すなら、「金持ち暇なし」の成長一辺倒の生活よりも「貧乏暇あり」の成熟した生活が望ましいと、広告を使いながら読者に提起する。

天野が行っている広告の批評のなかでも冴えているのは、ヘンリー・フォードが物財増進礼讃の自動車王ではなかったことをその広告によって説いている箇所である。フォードは、規格大量生産の創始者として知られているが、そこには私たちの誤解が多分に含まれているという。

「大量生産の父とは言えても、大量販売の父とは言え」ない人物、「大衆のためにいいクルマ」を生産する技術者、技術を通じて人々の生活の質を向上させる良心的な人物として描き出している。

そのような人物であることの例証として、また広告が「暮らしに対する想像力」と「生きるための目」を人々に持たせるという広告本来の役割を示す例として、
1908年のT型フォードから約20年ぶりに発表した新型フォード車の広告を、天野はあげる。

「史上、長文の広告はたくさんありますが、こんなに長いのにこんなに読まれた広告もめずらしいんじゃないでしょうか。ヘンリー・フォードさんの哲学がうかがえて面白いので、その広告の冒頭の部分だけでも、読んでみましょう。」

こうして、
1500語の長文スピーチからなる特集記事形式の広告(advertorial)の冒頭部分を訳出する。原文の数カ所を意図的に省略しつつ、読みやすく訳されている。そのため、次のような文章には、この広告が暮らしへの「想像力」と「生きるための目」を読者に伝えようとしていることとあいまって、思わずうっとりと酔いしれてしまう。

 

この一九年間で、私たちは一五〇〇万台のクルマをつくりました。馬力に換算すると三億馬力です。しかし、私はこの機械を、私の名前を冠しただけのものとは考えていません。(1)私はこの成功を、単なるビジネス論をこえた私の持論が、広く受け入れられたからだと考えています。ビジネスとは、私たちが住んでいるこの世界を、生きるに値する楽しい場所にしていくためにあるという持論です

T型フォードはパイオニアでした。それが世に出たときには、人びとはそれがまだ必要だとは意識しませんでした。(2)いい道路は少なかったし、クルマを買おうとするような人もいませんでした。

 

ところが、下線部分のフォードの文章をみると、この自動車王はここに訳出されている以上に謙虚な人で、読者が広告を通じて目を開き、想像力を羽ばたかせる存在だということが伝わってくる。

まず簡単な下線部(2)からいくと、原文は次の通りである。

 

There were few good roads and only the adventurous few could be induced to buy an automobile.字体は鈴木)

 

a fewfewはいうまでもなく、「少し」と「ほとんどない」、またgood roadの対語はdirt roadでこちらは舗装されていない道路だから舗装された道路。最初の部分は、「舗装された道路はほとんどなかった」と訳出すべきだろう。

次の斜字体の部分”only the … few”は、”a few”の派生で「ほんの一握りの」であって、「~ません」ではない。またinduceは「人を説得して~させる」の意味だから、「車を買ってみようなどという気持ちになる大胆な人はほんの一握りであった。


下線部
(2)は合わせると次のようになる。

 

舗装された道路はほとんどなかったし、車を買ってみようなどという気持ちになる大胆な人はほんの一握りであった。


 

これが1920年頃のアメリカで車を買う時に消費者がおかれていた状況であり、心理であった。しかしそうした心理に挑戦して、車を使えば移動時間が短縮され、行動半径も広がり、生活が便利で充実したものになるとフォードは確信していたので、T型モデルの生産に踏み切った。

また機械にしろ、物財にしろ、それらは人間が制約からより解放されて自由に生きられるための道具であって、そのような道具をみすみす利用しないまま放っておくのはそれこそ「暮らしに対する想像力」の欠如だと考えていた節がある。実際、フォードは自叙伝(
My Life and Work, 1922)の中で、そういう文脈で、下線部(1)の原文を、そっくり使っている。

 

I take (1-1)them as concrete evidence of the working out of a theory of business, (1-2)which I hope is something more than a theory of business—(1-3)a theory that looks toward making this world a better place in which to live.

 

(1-1) themT型フォードで、訳文のように「成功」ではない。フォードはここで、この車は短時間で人が移動することを可能にするたんなる機械ではなく、「あるビジネス理論がうまくいった」ことの「物証」だと自分は考えていると述べている。“concrete evidence of the working out of a theory of business”の斜字体部分は、名詞構文といわれるもので、動詞に変えて書き換えれば、“a theory of business worked out”あるいは” a theory of business is working out”となる。work outは自動詞で「うまく機能する」という意味。したがって、「私は、T型フォードはあるビジネス理論がうまくいったことの物証とみなしています。

(1-2)その「あるビジネス理論とはたんなる一理論にとどまらないものであることを願っています」であって、「単なるビジネス論をこえた私の持論」(天野訳)としては、フォードはかなりの自信家になってしまい、原文にこめられた、間をおいた謙虚さが消えてしまう。


(1-3)
ここまで読者を惹きつけ待たせておいて、フォードは初めて、その「ある理論」がどんなものなのか、誰もが知っている心に響く言葉(ゲルマン系の言葉)で述べる。「世界をもっと生きやすい場所にしていく方向に、目を向ける理論」。こうして「理論」(ラテン系の学術言葉)が実は「ビジネス理論」ではなく「ビジネスの自前持論」だったことがわかる。理論が精緻に組み立てられたものではなく、自分の人生哲学から生まれた持論へと落とし込んでいくことに、この文の妙味がある。

したがって下線部(1)は次のようになる。

私は、T型フォードはあるビジネス理論がうまくいったことの物証とみなしています。その理論がたんなる一理論にとどまらないものであることを願っていますが、その理論とは、世界がもっと生きやすい場所になるよう目を向けるという持論です。


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