吉本『共同幻想論』から『マスイメージ論』へ
日本のインテリは、知識・論理的思考法を身につけると、日本社会の実体が理に合わないものに思えてくる。そこで、社会の現実構造との対応を欠いたまま、論理自体で完結した世界を描き出す。13
思想が拠ってたつ根拠
人間の現実的な不安・抑圧感が思想の言葉を呼び寄せる。正しい思想が人々を目覚めさせて世界の正しい姿を教えるわけではない。
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「人間は、人類の一員として歴史や社会に参画すべきものだし、またそのことを通じてしかけっして自分の抑圧感を克服することができない。人類全体が調和する未来の理想に、理性という知を介して深く関係すること、そこに人間存在の本質があるというわけだ」。22
これにたいして吉本は、
近代以降の社会では、社会のもたらす要請(社会存在たれ)と、人間の実存的契機とが確執する。
1.2.2. 逆立


社会のもたらす要請(社会存在たれ) a 人間の実存的契機
自己幻想:他者を媒介としない、個の内部における観念の領域→文学作品[抒情詩]
対幻想:人間が一対一の関係にあるとき発生する観念の領域→恋愛・家族
共同幻想:人間が共同社会の一員として振舞うときの観念のあり方。
『現代思想のキーワード』(別冊宝島18,JICC出版局,1980年)258-259
↓
逆立:
➊共同幻想として疎外された国家・法は、自己幻想の鏡として存在する。
➋対幻想は人間の自然的存在に根ざしているから、自然的であるがゆえに擬制であることがすぐにわかってしまう。
→戦争突入:具体的な対幻想がどうして抽象的な共同幻想にとりこまれていくのか。
対幻想:「和やかな安らぎの世界┅┅においては、ひとは皆「一個の他者」であるが、にもかかわらず自己を犠牲にする必要はない。それはいわば性的な共同性であり、そこで自己を喪うことは疎外とはならないからだ。┅┅自己を否定しながらしかもそれによって自己の本質を犠牲にする必要のない唯一の関係性を、彼は「対幻想」とよんだ」柄谷行人『畏怖する人間』(講談社文芸文庫, 1990年)113ページ
共同幻想:「★」37



2.3. 構造
構造だけを考えて、社会現実や通念を無視することができる。
「★」26
経済や科学は発展しいつも上昇していくが、幻想構造は逆戻りもする。
「★」30
なにもかもが論理的抽象度をもっている。
「★」31-32
3. 各論
力動心理学(フロイド) 文化人類学(フレイザー、タイラー)
『遠野物語』と日本神話
3.1. 禁制論
三つの幻想に対応する次元がある。
禁制の対象[禁じられた対象]が
自己: 是正:身体組織としての自分の体内の自然→強迫神経症
対: 他者:性的な対象としての異性→
共同: 自己幻想と対幻想47
村落共同体から出たものは恐ろしい目にあい、不幸になる。
3.2. 巫女論
巫的人間がいるところには、共同の利害が成立している。101
巫女は、村人たちの共同幻想を、自分自身の対幻想、性的対象とすることができる人のこと。
しかしこれでは、巫男でもよいことになってしまう。なぜ巫女なのか?
フロイド:「女性」とは、乳幼児期の最初の性的拘束が同性であったもの。女が、この拘束から自由になろうとするとき、@異性としての男性か、A性には関係ない象徴物。こうした対幻想を超える次のステップとして、@でもAでもないなら、自己幻想か共同幻想しかない。103
シャーマンと巫女との違い:「★」112
3.3. 母性論
原始集団婚姻:男性同士の嫉妬が解消されている状態を生み出そうとした。
「男の全集団と女の全集団とが互いに所有しあい、ほとんど嫉妬を残していない形態」157
↑
反論(1)
こういう段階は歴史上ありえなかった。
対幻想から結婚は説明できる。
➊ 動物の性的な自然行為を、対幻想として心的に疎外する。158
➋ 動物とは違った共同性を獲得する。
反論(2)
性の関係だけならこんなに複雑な親族体系をつくりださない。
母系氏族制:母親が誰かは、みんなにとって自明。集団婚では母系だけが認められた。
↑
反論(1)
共同体は小さいから、誰が父であるかはわかる。
母系制度は、
➊狩猟で父親が共同体から長期間離れている
➋男性は共同体の政治、女性は家政をあつかう
反論(2)
きょうだいは、肉体的性行為をともなわないが性的な意識がある、もっとも本質的な対幻想。
きょうだいの対幻想が、共同体の共同幻想と同到するまでに空間的に拡大すると、母系ができあがる。共同体の宗教は女性がつかさどり、男性は政治をつかさどる。
人間の欲望と社会のせめぎあいは、かつての思想では捉えられない。なぜなら、社会に対して根本的な矛盾の意識は、経済社会的な観点(制度・秩序・体系)から知的に捉えようとした。ところが現代社会では、「イメージの欲望」がせめぎあっており、そこには無意識が多く孕まれていて、これまでの経済社会的分析ではきれいにとらえられない。
『現代思想・入門U』(別冊宝島44,JICC出版局,1986年)24
→シミュラークル:柏木博『デザイン戦略』(講談社現代新書,1987年)
「ある未知のシステムを感受しているために産出される無意識の必然的な孤独から、やさしさも、言葉の産出も、モチーフも、すべてやってきた」27
↓
自分の孤独な抑圧感や矛盾のありようを、知的でない通路で発見する。
『現代思想・入門U』(別冊宝島44,JICC出版局,1986年)30