文学作品からたどるイギリス文化: Richard Osman, The Thursday Murder Club. 2020 (木曜殺人クラブ)


ゴミ出し

Bernard explained the recycling timetable. They have four different colored bins here. Four! Thanks to Bernard, I know that green is for glass and blue is cardboard and paper. As for red and black, though, your guess is still as good as mine. I’ve seen all sorts as I’ve wandered about. Someone once put a fax machine in one. (Ch. 1)
バーナードは、リサイクル収集日表を説明してくれた。この地域では4種類の色別ゴミ入れがある。なんと4種類も! バーナードのおかげで、緑色は植物、青色は紙類だとわかった。では黒色と赤色はといえば、何用なのか、わかるようでよくわからない。あちこち見て回ると、この2つにはいろんなものが入っていた。誰かがFAX機を入れていた。

【解説】
高級老人養護施設に入居した女性が、分別回収用のゴミ入れについて述べている。この女性はもと看護師で、知的でよく気が利くのだが、どのゴミ入れに何を入れたらよいのか迷っている。これは、老齢のために記憶が定かでなくなっていることの現れであると同時に、どの色のゴミ入れに何を入れるのか、イギリスでは地域によってまちまちなことがユーモラスに皮肉られている。
なおイギリスのゴミ入れは、日本のものよりも背が高く、容積も大きく、底の一辺に2つのキャスターがついている。収集日当日には自宅前の道路際にこのゴミ入れを押して持っていく。

図 1 ゴミ収集 分別回収のゴミ入れは2023年から全国一斉に統一された。

背広と新聞

True to form, Bernard was wearing a suit and tie to lunch, but was nevertheless reading the Daily Express. (Ch. 1)
例によって、バーナードはランチなのにネクタイの背広姿なのだが、何を読むのかといえば「デイリー・エクプレス」なのだ。

【解説】
高級老人養護施設に入居した女性が、同じ施設に暮らす男性について述べている。この男性はもと大学教授(理系)で、色々な国に出張し仕事をしてきた。正装が本来は不要な昼食のときもバリッとした服装をしている。いかにもインテリなのだが、ではどんな新聞を読むかといえば、インテリ層に受け入れられている「タイムズ」でも「ガーディアン」でもなく、保守的で比較的質の高い労働者階級(年齢層は中高年)が好んで読む「デイリー・エクプレス」なのだ。「デイリー・エクプレス」はイメージとしては日本のスポーツ新聞よりも品はあるが、記事の選択や扱いは週刊誌レベル。

図 2 ジェームズ・ボンドは粋なきりっとした背広ネクタイ姿で登場していた。

盗み聞きの言い訳

Donna has placed the tea tray on a desk while she stoops to tie her shoelace. ……. Chris stops for a moment and looks over at where Donna De Freitas is crouching. “Everything all right, constable?” he asks. Donna straightens up. “Yes, sir, just tying my shoelaces. Wouldn’t want to trip with a tray of tea.” ……. She realizes that Chris, a detective, of course, has probably spotted that her shoes have no laces. (Ch. 12)
ドナは紅茶ののった盆を台の上に置くと、靴紐を結ぶためにかがんだ。……クリスは説明を中断すると、かがんでいるドナの方を見て、「巡査、大丈夫か」と声をかけた。ドナは身を起こすと、「はい、靴紐を結んでいるだけです。盆をもったままつまづくのはいやですから」。……ドナには、クリスは刑事なので当然のことながら靴に紐がないのを見落としていないことがわかっていた。

【解説】
殺人事件が起こり、主任刑事クリスがチームにブリーフィングを行っている部屋に、新任の巡査ドナが入っていった。ドナは事件に興味をもっているので、つい立ち聞きをしてみたくなる。そこで少しでも部屋に長くいようと、口実を見つける。それが「靴紐結び」。イギリスでは、立ち聞きの口実としてこれが定番になっている。

図 3 靴紐結びには達成感が伴う

尋問拒否と黙秘

“What were you doing at Tony Curran’s house on the day he was murdered?”
“None of your business,” says Jason. He nearly has the first skate off, though it’s a struggle.
“But you agree you were there?” asks Donna.
“Am I under arrest?”
“Not yet,” says Donna.
“Then it’s none of your business if I was or I wasn’t.” (Ch. 62)
「トニー・クラーンが殺された日にトニーの家で何をやっていたんですか」。
「よけいなお世話だよ」とジェイソンはいった。履いていたスケート靴を脱ぐのは大変だが、片方はもう脱げそうでった。
「でもそこにいたことは認めるんでしょう」とドナ巡査が訊くと、
「俺、逮捕されてるのか」。
「いやまだですが」。
「そうなら、その場にいようがいまいが、知ったこっちゃないでしょう」。
【解説】
殺人事件が起こり、その現場の家の近くの監視カメラに元ボクサーの有名人ジェイソンの車が目撃された。そこで主任刑事と巡査ドナが、スケートリンクからあがってきたジェイソンに職務質問をする。
日本であるなら、職務質問をされれば身の潔白を証明するために質問にできるかぎり丁寧に答えようとするが、イギリスではこのように逮捕状がないかぎりは、質問に答える義務がないとして、こちらから積極的に答えないことも、質問の打ち切りも自由である。事実、ジェイソンはこの後、スケート靴を脱ぎ終わると、「もう時間だよ」といって、さっさと刑事たちを振り切ってしまう。
なお逮捕状が出た場合、警察の取調室で尋問されるが、そのときには弁護士同伴で弁護士と相談しながら質問に答える権利が保証されている。

職務質問や尋問は自発的面談 voluntary interviewといわれる