◆自然◆ 本性は変えられない

Naturam expellas furca, tamen usque recurret.

ナートューラム・エクスペルラース・フルカ・タメン・ウースクエ・レクルレット

熊手で自然を追いはらっても、結局は何度でも戻ってくる。

(ホラーティウス『書簡詩』第1巻10篇24行)

■解説■
 農村に住む詩人ホラーティウスは、洗練された都会人である友人にむかって、田園生活が自然にかなった人間らしい生き方だと主張する。都会人は、床をモザイクで敷き詰めるなど、自然に手を加えた人工のものを好み、そうやって、自然を手なづけた生活を送っている。しかしそれは外面であって、中庭に生える雑草など、いくら追い払っても生えてくるように、自然は人工の都会生活の中に忍び込み、結局は都会・人工に勝るものであることをわからせる。
 この引用句は、本来はこのように都会に対する田園、人工に対しての自然のそれぞれの優越を説いている。しかしこの句は、人の人生を左右する要因が、家系・遺伝などによって人に生まれながらに備わっている本性 (nature) なのか、それとも生後に受ける広義の意味での教育 (nuture) なのかという論争のなかで使われるようになる。この論争が活発になったのは19世紀後葉で、英国の遺伝学者フランシス・ギャルトン(Francis Galton)が、教育よりも遺伝による本性が人の発達には圧倒的な影響をもたらすと述べたことに端を発する。この論争ではホラーティウスがまるで本性優越論者であって、先天性主義を擁護しているかのように引用されていった。

田園の邸宅(想像図, Roman Villa

▶比較◀

江山易改、本性難移

江山は改めるに易く、本性は移るに難し

(中国の格言)

■解説■

川の水路を変えたり、山を切り開くことは簡単ではあるが、人が生まれながらにもっている性格を変えるのは難しいということ。中国では古来、権力者がその力を維持できるかの成否を治水事業の成功失敗が握っていた。にもかかわらず治水事業は容易だといってのけ、それよりも難しいことが、生まれながらの本性を変えることだと教えている。日本では、「(うり)(つる)茄子(なすび)はならぬ」といい、親から受け継いでもって生まれた性格は直らないと教えている


◆自然◆ 本性は変えられない
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◆詩◆ 規則と推敲
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◆時◆ 破壊者としての時
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◆詩◆ 話の核心
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◆死◆ 死への自覚
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◆死◆ 死の前の平等
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