❖豊かさ❖ 満ち足りた心が必要

At bona pars hominum decepta cupidine falso,/”Nil satis est, inquit, quia tanti, quantum habeas sis”.

アト・ボナ・パルス・ホミヌム・デーケプタ・クピーディネ・ファルソー / ニル・サティス・エスト・インクイット・クイア・タンティー・クワントゥム・ハベアース・スィース

けれども人間の大部分は、偽りの渇欲に欺かれて、こういうのだ。『これで十分ということはない。人の価値はどれだけ所有しているかで決まるのだから』。

(ホラーティウス『風刺詩』1巻1歌61-62行)

■解説■
 この言葉は、詩人ホラーティウスが、人々の尽きることのない物欲を風刺したものです。物質的な豊かさばかりを追い求める人々を批判し、結果として『足るを知る』という観点と通じるものを示しています。
 ホラーティウスは、多くの人が「これだけあれば十分」という満足点を見つけられず、ひたすら財産を増やすことに奔走している様子を描いています。彼らがそうする理由は、「どれだけ持っているか」によって自分の価値が決まると信じているからです。この考え方は、外的な基準で自分を測り、常に他者との比較にさらされる現代社会にも通じる普遍的なテーマだと言えるでしょう。
 詩人は、このような価値観に囚われた人々を「偽りの欲望に欺かれている」と表現しています。彼らは、本当の幸福がどこにあるのかを見失い、満たされることのない物欲という幻影を追いかけているのです。この言葉は、私たち自身の価値観を問い直し、物質的な豊かさだけが人生の成功ではないことを教えてくれているのです。

▶比較◀

よろづのこと、足るを知るをもってよしとす。

(鴨長明『方丈記』1212年)

■解説■
 (大意)「あらゆる事柄において、満足を知る心こそが最も善い生き方である」。この言葉は、鴨長明がこの書の終盤で、約3m四方の庵に住む質素な隠遁生活を振り返り、人生観の総括として述べたものです。自らの欲望を制御し、自然と調和して生きるようにすれば、世俗の価値観の呪縛から解かれて精神的自由と心の平安が得られることを教えています。
 ホラーティウスも鴨長明も、そのどちらの言葉も、物質的な豊かさを追い求めるのではなく、今あるものに満足することの重要性を説いています。しかし鴨長明の方は、現代でいうミニマリスト以上に質素な生活を実践したうえでの結論であるのに対して、ホラーティウスの方は物欲に囚われた人々への批判という強い風刺の視点から語られています。もっともホラーティウスは富豪マイケーナスをパトロンとして持ち、ローマ郊外に荘園をあてがわれ、庶民も羨む安心安全の豊かな生活を送っていました。


❖言葉❖ 文体は生き方の反映
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❖豊かさ❖ 満足する技法
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❖豊かさ❖ 向き合い方が肝心
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❖豊かさ❖ 執着からの自由
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❖豊かさ❖ 豊かさの極地
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❖豊かさ❖ 満ち足りた心が必要
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