◇愛のエンブレム◇ 114

Ouid.               MIHI NVLLA QVIES, VT LAPIS
ÆQVOREIS VNDIQVE PVLSVS AQVIS.

Quisquis amat, vario curarum fluctuat æstu,

Nec misero noctu pausa diuque datur:

Saxea ceu rupes vndeundique tunditur vndis,

Ventóue Alpinis nata iugis abies.

オウィディウス         いたるところから海の波で
打たれる岩のように、私は休まらない。

 恋をすると誰でも、あれこれと心配が浮かび上がり、

    心が打たれ、惨めなことに、昼も夜も安まらない。

    それは、波に四方八方から打ちつけられる(いわお)      

    アルプスの頂で、風に打たれる(もみ)の木のようだ。

恋すれば心はけっして休まらない

   海の大波が岩に打つように、

  思いは朝な夕な恋する男の心をかき乱す。

  恋して落ち着いていられるのは、まさしく稀なことだ。

  休まらないさまざまな思いで安息はひどく残酷にあしらわれる。


❁図絵❁

岸壁で一人の男が大岩に片肘をつきながら、その手を(ひたい)にあてて悩んでいる。男の胸にはすでに一本の矢が突き刺さっているのに、男の足下にいるアモルは左手で矢の柄を握り、(やじり)を男に向け、もう一本突き刺そうとしている。海中にはもうひとつ別の大岩があり、四方八方から波を受けている。

❁参考図❁

ピーテル・コッデ (Pieter Codde)「バージナルの前に座る女性」?1630-40年代

離別の手紙を受け取り、バージナル(ハープシコードの一種)の前で落胆している女性。壁に掛かっている絵では、猛風が樹木をなぎ倒しかけている。バージナルは、その横に立てかけられているチェンバロと同じく弦を掻いて音を出す楽器で相性があるが、この絵ではチェンバロの男性奏者は不在である。


〖典拠:銘題・解説詩〗

オウィディウス:[➽世番]「恋する男たちの心は、海の波で四方八方から打たれる岩のように、女たちの数限りない権謀術数で攻められている」(『恋愛治療』691-692行[➽43番])。恋愛が醒めて女と別れようとすると、女は男を引き留めようと手練手管を労するが、男はその手に乗ってはならないと、オウィディウスは戒めている。

典拠不記載:参照ウェルギリウス[➽3番]「激情がつのり、いろいろな気持ちがせり上がってきて、あれやこれやとゆれる。」(『アエネーイス』4巻564行[➽15番])。「アルプスおろしの北風が、年輪を重ねた堅固な樫の樹に向かって、今やこちら今やあちらへと吹きつけては根こそぎしようと競い合う」(『アエネーイス』4巻441-443行)。カルターゴーの女王ディードーのもとに漂流し、そこで救われた英雄アエネーアースが、女王に別れを告げたとき、英雄を恋してしまった女王は今しばらく逗留するよう懇願した。その願いを聞き入れない英雄の態度が、樫の樹にたとえられている。また前者の引用は、英雄への恋が破れ自害と復讐を決断した女王の揺れる心境への言及。

〖注解・比較〗

心が打たれ:「あは雪の たまればかてに 砕けつつ わが物思ひの しげき頃かな」(古今和歌集 550)。柔らかい淡雪(あはゆき)は、少し積もっても、枝や枯れ草の葉から自らの重さに耐えきれず崩れ落ちる。同じように、貴方に対する私の淡い思い(=淡雪)も時とともにたまっていき、それが崩れ砕けてはまた積もっていく。こうした淡雪の姿を見ていると、貴方を思い続けている私となんと似ていることか。


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