アンソニー・トロロップ『今風の生活』Trollope, The way we live now (1875)
設定
1873年2-8月
ロンドンおよび
サフォーク
(The way we live now. BBC TV series)
登場人物
カーバリー家 the Carburys
レイディ Lady Carbury: 自称作家の未亡人
フェリックス卿 Sir Felix Carbury: 未亡人の息子で、母親に甘やかされ、無責任な放蕩者。
ヘッタ Hetta Carbury: 未亡人の娘で、母親の貧困、兄の放蕩がもたらす家庭環境の中で実直に生きようとする
ロジャー Roger Carbury: レイディの親類で、地方の郷士。 地代からあがる収入に見合った田園生活をし、古き良き時代のイングランドの価値観を抱き、また実践している。従姉妹のヘッタを愛している。
ポール・モンタギュー Paul Montague: アメリカでの壮大な鉄道敷設計画にたずさわっている英国人。出自は不詳。アメリカから帰英する際の船上で知り合ったアメリカ人女性と船上で婚約する。ヘッタを愛し、ヘッタもこの青年に一目惚れしている。
ウイニフレッド・ハートル夫人 Mrs. Winifred Hurtle: ポールの婚約者。猫のような巧緻と要領の良さを備えた未亡人女性。アメリカ人で、夫を拳銃で殺害したという噂がある。
求婚:ロジャーからヘッタへ
1. Yes;—always friends. And now listen to me for I have much to say.
2. I will not tell you again that I love you. You know it, or else you must think me the vainest and falsest of men.
3. It is not only that I love you, but I am so accustomed to concern myself with one thing only, so constrained by the habits and nature of my life to confine myself to single interests, that I cannot as it were escape from my love. I am thinking of it always, often despising myself because I think of it so much.
4. For, after all, let a woman be ever so good,—and you to me are all that is good,—a man should not allow his love to dominate his intellect.※
5. I do. I calculate my chances within my own bosom almost as a man might calculate his chances of heaven.
6. I should like you to know me just as I am, the weak and the strong together.
7. I would not win you by a lie if I could. I think of you more than I ought to do.
8. I am sure, —quite sure that you are the only possible mistress of this house during my tenure of it. If I am ever to live as other men do, and to care about the things which other men care for, it must be as your husband.’
(Chapter 19)
■■【相手との共通土台構築】
【相手を安心ゾーンに置く】
1. そうです、僕らはいつも友達です。それでは、いいたいことが沢山あるので、どうか聞いてください。
【告白の理由を自分の性格にからめる】
2. 2度と口にしませんが、あなたを愛しています。僕の気持ちわかってくれますよね。これを口に出さなければ、私は最も中身がない欺瞞のきわみの人間だと思われてもしかたがないからです。
【愛の虜になっていることから自分が逃れられない現状の説明】
3. その理由は、あなたを愛しているというだけでなく、そのことだけをいつの間にか心にかけるようになってしまい、普段の生活をしていてもそのことに関心が自然と向かってしまってその虜となり、もはやこの愛からいわば背を向けることができなくなってしまっているのです。思いはいつもこのことだけなので、考えすぎるぞと自分を馬鹿よばわりすることもしばしばです。
【逃れられない現状はあってはならないと一般化し、意表を突いて、相手を驚かす】
4. なんといっても、たとえ女性がどんなに素晴らしく良い人であっても、そう、私にとってあなたはまさしくそういう人なのですが、男なら、知性が愛に乗っ取られるなどあってはならないのです。*(ここでヘッタが、「えー」と驚く)
【告白を神聖なことにかぶせて、真剣味をアピールする】
5. でも違うのです。だから胸に手をあてて、天国に行けるのかをきっちり考えるように、告白のことをしっかり考えました。
【逃れられないこの弱みを受け入れてくれるように、相手に嘆願する】
6. どうか強さと弱さをあわせもったありのままの私を分かって下さい。
【逃れられない告白が真正のものであることを強調する】
7. 表面を飾ることができるとしても、そうやってあなたの心を手に入れたくはないのです。必要以上にあなたのことばかりを考えています。
【妻としての地位と扱われ方を説明する】
8. きっと、そう間違いなく、この家が私のものであるかぎり、この家の家内はただひとりあなただけなのです。世間の男性が気にかけていることを案じるようなそういう生活をもし私がするとするなら、それはまさしくあなたの夫としての生活なのです」。(19章)
評
3の部分の前半は、長い文で、理知的な硬い言葉が多用されている。ロジャーは、感情を抑えながら自分の愛を伝えようとしているのがわかる。しかも直前で「愛しています」と二度と口にしないといいながら、この3の部分で、もう一度「愛しています」といってしまい、愛の高ぶりが感じられる。告白を受ける女性ヘッタは、ロジャー同様に大変に生真面目で、この男性を大変に尊敬しているので、これで男性の気持ちは理解できたはずだ。
しかしヘッタは、ロジャーの内心を理解し、その生き方に敬意を払う理解賞賛は結婚愛とは別だと薄々感じている。そして結婚愛にまで自分の気持ちが高揚するのは、ロジャーの親友であるポールのほうだとも感じている。ヘッタとポールは普通の友達以上に互いに親近感を抱いていることに、ロジャーは気づいている。だからロジャーはこの告白に続いて、もしポールがヘッタに愛を告白するようなことがあれば、それは友情への裏切りだとヘッタに向かってはっきりと述べる。ところがポールにはすでに婚約者がおり、ポールがヘッタに求婚するには、まずこの婚約を解消し、そしてロジャーへの友情の裏切らないという2つの高いハードルがある。だからポールは求婚を切り出そうにも切り出せない。
結局、ヘッタの方からはほとんど何の言葉も得られず、この告白はヘッタの気持ちを動揺させただけに終わってしまう。後に、ポールは大変な葛藤の末に婚約者ウイニフレッド・ハートル夫人と別れ、ヘッタと結ばれる。ロジャーは、二人の経済的基盤を提供することに満足し、独身の生活を続ける。