❖貪欲❖ 満たされない心
Qui multum habet, plus cupit.
クイー・ムルトゥム・ハベット・プルス・クピット
多く持っている人はさらに欲しがる。
(セネカ『道徳書簡』第119書簡第6節)
■解説■
人がどれだけ多くの資産を所有していても、所有欲が満たされない限り、満足できないという人間の性質を表しています。富や財産が多い人でも、さらに多くを求める欲求を持っている場合、自分が持っているものだけでは満足できていないのだから、本物の豊かさに到達していないと教えます。そして続けて、読書を通じて得られる知恵や内省が、物質的な欲求からの解放と心の充足をもたらし、そうした充足こそが本当の豊かさであると説いています。

▶比較◀
疏(そ)食(し)を飯(くら)い、水を飲み、肱(ひじ)を曲げて之を枕とす。楽しみ亦(また)その中に在り。不義にして富み且(か)つ貴(たか)きは、我に於(お)て浮雲(ふうん)の若(ごと)し。
(『論語』述而第七)
■解説■
「粗末な食事を食べ、水を飲み、腕を曲げて枕にするような貧しい暮らしの中にも、楽しみは存在するものだ。道理に外れた行いによって得た富や高い地位など、私にとっては空に浮かぶ雲のようにはかなく、無関係なものである」という意味です。これは「安貧楽道」、すなわち貧しさに安んじて道を楽しむという孔子の精神を象徴する言葉です。 孔子にしてもセネカにしても、物質的な欲望に対する自らの倫理的な選択を明確に示し、清貧を勧めています。孔子の場合には義に基づいた清貧、セネカの場合には読書と思索を通じた内的平静を介した清貧になっています。
