絵画ではない絵

シモーネ・マルティーニ ウェルギリウス作品集 (ペトラルカ所蔵)

これは絵画ではない。しかし日本の中学の美術の教科書に載るほど著名な画家の作品である。なぜ絵画ではないのか。私達が絵画というときには、壁に飾って鑑賞するためのものであり、それが一つだけで独立した世界を作り出している。だから漫画がどれほど視覚的に訴えようとも、それを絵画と呼ばないのは、漫画は一コマで独立することはできないし、鑑賞するためのものでもないからだ。実はこの画像は、完成した写本の扉の部分用に、写本の所有者が自分の友人でもあった著名な画家に依頼して描いてもらったものなのだ。写本と一セットになってこの画像は意味をもつのであって、写本の内容から切り離してこの画像を鑑賞することは、それが形態の美の鑑賞であるとしても誤読への一歩となりかねない。

そういわれてみれば、この画像には、私達が知っている絵画の特性にはないが、漫画にはいつもあるはずの決定的特性がある。文字である。右端で樹に寄りかかりながら羊皮紙本に鵞ペンで書きつけている人物の脚の下には、二枚の巻紙(カルテッロ)が広げられており、それぞれ二行からなる短い詩(エピグラム)が書かれている。そのうち、最初のものは、

シモーネ・マルティーニ ウェルギリウス詩集 部分 帯上文字

Ytala praeclaros tellus alis alma poetas

Sed tibi Graecorum dedit hic attingere metas

豊かなイタリアの大地よ、汝は名高き詩人たちを育んでいるが、

これは汝がギリシア人たちの到達点に至ることを許した。

到達点(meta)というのは、馬にひかせる戦車のスピードと機動力を試す競技で、競技場内の方向転換点のことをいう。到達点をギリシア詩人の水準に見立てて、その地点にローマの詩人たちのうち「これ」が到達したというのだ。「これ」とは、この画像とともに綴じられている詩集の著者ウェルギリウスのことである。この詩集は、活字印刷本ではなく、グーテンベルグによる活版印刷が技術的に可能になった14世紀後期よりも300年ほど前のものだと、本の見返しに記載されていた手書きメモからわかっている。印刷術ができる前の本だから、これは画中の人物が持っているような、羊皮紙製の写本なのだ。この写本の持ち主は、ルネッサンス最初の詩人と位置づけられているペトラルカである。もう少し正確にいえば、詩人ペトラルカの父ペトラッコが所有していたものを、ペトラルカが譲り受けたものである。

ペトラルカは、今の私達には恋愛詩、人妻であったラウラに一目惚れし、ラウラの美しさとラウラに対する深い恋の想いを317篇ものソネットで切々と歌い、ルネッサンス恋愛詩の始祖として評価が定まっているが、実は、熱狂的な写本収集家であった。

そしてそのソネット(第77番)の中で、ペトラルカの友人であった画家シモーネ・マルティーニの名を挙げて、マルティーニがラウラの肖像画を描けたのは、マルティーニが天上にシモーネ自身の魂を上昇させ、ラウラの純粋な美を観照することができたからであったという趣旨のことを述べている。マルティーニの描いたラウラ像は現存していないが、現代まで伝わっているここで扱っている画像はこのマルティーニが描いたものなのだ。ペトラルカは当時すでに名高かったジョットとともにマルティーニとも交友があった。[1]そのマルティーニの名を知らしめている作品の一つが受胎告知像である。

シモーネ・マルティーニ 受胎告知 1333ネン(ウフィツィ美術館蔵)

現在はフィレンツェ・ウフィツィ美術館に所蔵されているが、もともとはフィレンツェの隣国であったシエーナの司教座聖堂の主祭壇画(祭壇の後ろに置かれ、後陣との仕切りの役目を果たす)であった。受胎告知部分だけでまるで独立した一枚の絵画のようにして鑑賞されることが多いが、全体図からもわかるように、告知する天使ガブリエルから仕切られてシエーナの守護聖人である聖アンサヌスが立ち、また同じく聖母の側には聖女マクシマが立ち、上部の正円窓には、旧約時代の四大預言者、エレミヤ、エゼキエル、イザヤ、ダニエルの上半身像が描かれている。ここまでくれば、この像が鑑賞のためではなく祈りのためのものであり、受胎告知という出来事そのものが聖書という文脈から切り離せず、聖人や預言者に囲まれ、教会内の他の図像や彫像などが織りなす空間のなかで意味をもつことが教えるように、この主祭壇画が一つだけで独立した世界を作っているわけではない。これも絵画ではないのだ。そして漫画のように、実はこの画像にも文字が描きこまれているのだ。それは天使の口から聖母の右耳を結ぶ線を目で追っていくと、そこには大文字で次のような記載があることがわかる。

大天使ガブリエルとその言葉
お告げの言葉に驚く聖母マリア

AVE・GRATIA・PLENA・DOMINUS・TECUM

めでたし、聖寵満ちみてる人よ、主は汝とともにいる

これは、男性との肉体的交わりによる受胎ではなく、聖霊による受胎を告げる場面を記述した「ルカ福音書」の一節からの引用である。私達のよく知るバッハの「アヴェ・マリア」もこれと同じ箇所を題材にした作品である。

19世紀の風景画や20世紀の抽象画は、私達が日常使い慣れ、生活には不可欠となっている文字を画面上に描き入れることはまずない。絵画と文字とは不可視の線引によって、絵画が聖なる崇高な芸術を志向するのに対して、他方は文字は日常性にべったり張り付いた世俗と関わりを持つものであるかのように取り扱われている。ところがペトラルカの時代にはそのような線引はなかった。

18世紀批評家レッシングの芸術論書『ラオコーン』での指摘を待つまでもなく、言語表現は一過的で時間の流れにそっているが、視覚表現は言葉とは異なってそこに何があるか、伝えたい内容を一瞬のうちに理解させる。ペトラルカの時代には、文字は音読されるものであり、黙読は一般的でなかった。発話は聴き手の心を誘導する言葉であり、その言葉を聞く人の精神を、直線という二次元世界の軸と時間という四次元の世界の軸に釘づけにする。これにたいして視覚表現の作品は、鑑賞者を空間という三次元世界にとりこむ。時間の助けを借りないという意味で時間の流れとなじまない視覚表現は、三次元空間のなかにすっぽりとおさまる存在なのだ。言語表現によって、視覚表現は時間のなかで起こる出来事へと変容する。受胎告知は今まさにこの場のこの瞬間に起こり、ウェルギリウスはこの写本に収められた詩集を読み始める読者によって、ギリシア詩人たちが到達した地点に立つことになる。

◆ポイント:画像と文字が相反することなく、同一面に共在する。◆

画像と文字の協力

 前節では画像と文字が垣根をもって相反することなく、同一の場に共在していることがわかった。では共存することによってどのような効果を生み出しているのだろうか。

 その効果を教えてくれるのが、冒頭の挿絵の右下段にみえる二枚の巻紙(カルテッロ)のうちの、下にある二番目の寸鉄詩(エピグラム)である。

シモーネ・マルティーニ ウェルギリウス詩集 部分 帯上文字

Servius altiloqui retegens archana maronis

vt pateant ducibus pastoribus atque colonis

秘密が将軍、牧者、農業主にもわかるように、

高所から語ったマローの秘密を明かすセルウィウス

 私達の名前は姓と名の二つからなっているが、ローマ人は自由人男性であるなら、個人名・家門名・家族名の三つからなり、個人名=名前(prenomen)と家族名=姓(cognomen)の間に家門名(nomen)が入っていた。ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)は家門名・家族名で、個人名はガイウスだったから、家ではガイウスと呼ばれていた。さてこの巻紙のマローとは、ウェルギリウス・マロー(家門名・家族名)で、ローマ文学史では家門名で呼ばれることが通例である。ローマの最高峰と評価されている詩人で、田園詩、農耕詩、叙事詩を書いたが、そのいずれも後代の手本となっている。

 この寸鉄詩でペトラルカは、ウェルギリウスを「高所から語った」(altiloquus)という造語をわざわざ使って形容している。その意図は、ウェルギルスの詩は、田園・農耕・叙事詩のいずれであれ、そこには詩が文字通り述べていることとは別に、「秘密」が隠されているからで、文字通りの意味だけを追っていき誌を味わい鑑賞することはもちろんできるのだが、それだけでは不十分だと教えているのだ。ではどんな秘密が隠されているというのか。それを教えてくれるのが、セルウィウスだという。

 セルウィウスは4世紀の文法学者だが、20世紀中頃の文法学者のように言語習得のための文法や単語の用法などだけを論じる学者ではなく、19世紀の言語学者(フィロロジスト)のように、文法や語法知識だけではなく、言語の成り立ちそのものや言語が使われる背景となる文化や歴史までも研究の対象とする、そういう学者であった。セルウィウスの直接の師ではないが、同じく4世紀にアエリウス・ドナートゥスという後代にもっとも影響力を与えた文法学者がいた。ドナートゥスはウェルギルスの詩作品に注釈をつけたが、その注釈にさらに注釈を加えたのがセルウィウスであった。そのセルウィウス注釈版にさらに7-8世紀頃に注釈が加えられ、それが写本の形で伝っていた。この写本は、通例「セルウィウス・アウクトゥス」(増加したセルウィウス)と呼ばれているが、そこではラテン語の単語解釈や語法の前例からローマの風習や政治制度に至るまで幅広い解説がなされている。ではこれらが「秘密」だったのか。もちろんそのようなことはない。

 セルウィウスの本領は、予兆や何気ない言及の裏に将来にかかわる預言を読み取り、それを開陳していることにある。たとえば叙事詩『アエネーイス』のなかで予兆として有名な箇所(2巻691-698行)に、トロイアの城壁都市が陥落し、主人公アエネーアースが脱出しようとするが父親が留まるといって進退窮まったときに、雷鳴がし、流れ星が下る箇所がある。星の軌跡は左側から都市近くの森へと落ちていくが、軌跡は消えずに光り輝き、森一体に硫黄の煙が立ち込める。その説明としてセルウィウスは、光は、アエネーアースの家の将来の栄光、軌跡が残るのは、全員ではなく何人かがここに立ち止まること、軌跡が長いのは、今後の道のり(トロイアからローマ)が長いこと、また軌跡が畦として記されるのは、道のりが海路(畦sulcusは船の航跡という意味もあった)であること、硫黄の煙はイタリアでのアエネーアースの死あるいは戦争をさしているという。流れ星についての一節には、流れ星が流れて落下したという表示的意味だけではなく、文字通りの意味の廃語に隠れてこうした意味が潜んでいると、作者の意図を説明してくれるのだ。だからセルウィウスは「秘密を明かす」のであり、「明かす」(retegens)という言葉は覆いをはがすという意味なので、この画像の上側にあるように、中央に立つセルウィウスが、執筆中のウェルギルスをさえぎっていたベールをその右手で手繰り寄せ、ウェルギルスの姿が見られるようにしている。

 このように画像だけからは読み取れないことや誤解して読み取ってしまうことを文字は防ぎ、正しい画像の読み方を教えてくれるのだ。一瞬のうちに見て取れる画像は、言葉が進んでいく時間の流れの中でその表層の意味が開示されていくのである。では逆に、画像は言葉を説明してくれないのだろうか。

 この問題に答える前に、まず私達は、言葉がもつ二重性、すなわち字義通りの意味とそのレベルを超えて言葉が詩として抱え込んでいる内事の象徴的な意味について考える必要がある。

◆ポイント:文字は画像の正しい読み方を指示する◆

ペトラルカ写本 :字義から寓意へ

 二枚の巻紙は巻かれておらず広がっているが、広がっていられるのはなぜだろうか。上の巻紙の右端と下の巻紙の左端を、前腕付きの手が、それも肘頭から翼が生えた手が押さえつけているからである。翼があるということは、この二枚の巻紙は宙に浮いているのだ。

宙に浮く帯

 超自然的ななにものかによって、文字が書かれた紙が宙に浮いたままになっているというのは、西欧の象徴体系の中ではそれほど奇妙なことではなかった。

 マルティーニと同じシエーナの画家で、マルティーニが教皇庁のあったアヴィニョンで活動するためシエーナを去った後に、シエーナ筆頭画家となったのは、アンブロージョ・ロレンツェッティであった。ロレンツェッティは、シエーナ市庁舎の一室に善政と悪政を主題とする巨大フレスコ画(1338-9年)を部屋の四面の壁に描いている。そこには文字が書かれた紙がいくつも宙に浮き、それを支えているのが美徳や悪徳の名のついた空飛ぶ使者たちである。たとえば悪政の壁画には、空を舞いながら右手に剣をにぎり、左手で帯状の巻物をもち広げている使者がいる。

アンブロージョ・ロレンツェッティ 善政と悪政 悪政のうち恐怖(Timor)

 そこに書かれているのは、「各人が自己利益を追求するためにこの国では正義が僭制に屈する」[前半部分]というイタリア語の寸鉄詩である。

ペトラルカ写本とほぼ同じ頃に描かれているこのフレスコ画でも、画像と文字が同一空間に共存し、文字が画像を解説し、画像を見る人の意識を描き手の意図どおりに誘導する役割を果たしている。ところでこの空飛ぶ使者の頭のすぐ上にはTIMOR(恐怖)とあり、この使者の画像が恐怖という、誰もが知り経験していてすぐにそれとわかる抽象概念を表しているのだと、描き手は誘導している。巻紙に書かれた寸鉄詩が画像全体の出来事を説明しているのに対して、このように一人の人物像、場合によっては一個のものの像の説明することもあるのだ。詩や一単語があらわす抽象概念をひとつの画像として表現することは、西欧の中世では思考習慣として定着しており、それはペトラルカ―マルティーニの14世紀には確実に根を張り生きていた。このような画像は寓意(アレゴリー)とよばれていた。ロレンツェッティのフレスコ画は、「善政と悪政」ではなく「善政と悪政の寓意」とよばれることがむしろ普通になっているが、「寓意」とわざわざことわるのは、これが善政・悪政が実際に行われて、たとえば善政なら人々の食卓に食べ物が豊富にあるといったような実情を前面に押し出して描いているのではなく、クッションに肘をついてシュロの枝を膝から立てている穏やかな顔立ちの女性の姿(平和の寓意)を描いているからである。

アンブロージョ・ロレンツェティ 善政と悪政 善政のうち平和

 定型の抽象概念を一つの画像に凝縮して表現する形態が寓意であることはわかった。しかし、ここですでに触れたセルウィウスの秘密に戻ってみよう。流れ星とその軌跡についての記述のなかに、この文法学者は字義通りのレヴェルの向うに、アエネーアースの将来の出来事が象徴されているように読み込んだ。ウェルギルスは、あるひとつの事柄を述べながら、それと同時に、その事柄とは別の象徴的なことも伝えているのであり、字義通りにしか読まない読者はその象徴的意味を読み落としてしまう。文法事項、語法、過去の類例など字義レベルの説明は注解(glossa)とよばれ、字義の背後に隠されている象徴的意味の説明は釈義(commentaria)として区別されていた。そして象徴的意味もまた寓意とよばれていた。

中世において、非キリスト教であるにもかかわらず古典がその伝統をほそぼそとではあっても維持できたのは、7世紀にセヴィリアの司教を勤めたイシドロスの功績が大きい。この高位聖職者の著作のなかでも決定的だったのは『語源論』(Etymologiae)である。これは分野別にその分野に関連する単語をあげて、その単語の語源と意味を解説したもので、取り扱っている単語の数といい、その的確なわかりやすい解説といい、現代の百科事典の前身を思わせるものになっている。この文法学者にして神学者でもあったイシドロスは、解説にあたり、アウグスティヌスなどの初代教父の文献からだけではなく、ウェルギリウスはもちろんのこと、古典の詩人や歴史家たちの著作や、ギリシアではホメーロス、プラトン、アリストテレスからも引用している。

この学者による寓意の説明は次のようになっている。

ある事柄を声に出して述べながら、別な事柄が理解される。ちょうど「三匹の雄鹿が海岸をさまよう姿を彼は見た」[『アエネイアース』1巻184-5行]というのが、ポエニ戦争における三人の将軍あるいは三回のポエニ戦争を意味しているようにである。(『語源論』1巻37章22節)

トロイアから船で脱出したアエネーアースが海上で暴風雨に遭遇し、船がアフリカのカルタゴに漂着したときの出来事が、ローマがやがてハンニバル率いる強敵カルタゴと戦うポエニ戦争を象徴的に示しているというのだ。

20世紀の古典学者による注釈は、注解(glossa)であることを心がけ、釈義にまで踏み込もうとしないので、イシドロスはもちろんのことセルウィウスによる寓意の説明は余程の関連性がないかぎり掲載されることはない。20世紀の古典の読み方は寓意にまで踏み込まないという線で展開されているといってもよい。これは、テキストに寓意を読み取ることが、物語の本来の筋と基調音に対して雑音を入れ、筋の流れを見失わせることになりかねないからであり、それに加え、寓意釈義は釈義者による解説が作者の意図から離れた恣意的な説明ではないことを証明することがきわめて難しいからである。[2]

もちろんテクストの中に著者が明らかに意図的に仕掛けておくという場合もある。たとえば『薔薇物語』(1275年)では、若者が夢の中で見たバラの蕾に恋をし、それを手に入れようとする筋よりも、恋愛をするときに湧き起こる感情の葛藤が寓意によって提示されており、それを知ることの方がむしろこの物語を読むという行為に正当性をあたえている。

『薔薇物語』オックスフォード・ボードリアン図書館写本 左から、Deduit(悦楽), Leesce(歓喜), L[ ‘] amant(=語り手の「私」), Cortoisie (礼節)であることが、人物上に書かれた白い文字ではっきりと分かる。

このように、ペトラルカの時代から17世紀まで西欧の文化は、作品制作者の制作意図からはずれることを極度に恐れるあまり、作品に無理矢理押しつけた二義的解釈というレッテルを嫌うわけではなかった。イシドロスやセルウィウスの釈義のように、字義の層における直接的な文脈の至近距離のなかにではなく、将来の出来事などをあらかじめ象徴的に表現していると解釈したり、『薔薇物語』のように、作品の外にあって作品を実はささえている価値や観念の体系である宮廷恋愛の掟と作品を照合させて読解をすることは、空想的というよりも構築的として肯定的に評価された。[3]

では寓意が字義通りとは異なった別な意味をもち、その別な意味はテキストからは直接的には隠されていてその別な意味がテキストの著者の意図を反映した読みであるかどうかは不明だというなら、推測によって正解にたどりつく謎とどう違うのだろうか。これもイシドロスが回答を与えてくれている。

謎(aenigma)とは、説明がなくてはなかなか解答できない曖昧な問題。「食べる者から食べ物が出た。強いものから甘いものが出た。」[「士師記」14:14 サムソンが披露宴で出した謎]のようなものである。…寓意と謎との違いは、寓意には二重の力があり、ある一つの題材を別な複数の題材の様相のもとで比喩的に指し示すが、謎では[指し示す]意味がただ曖昧なだけで、イメージを通じてその解答が暗示されている。(『語源論』1巻37章26節)

言葉によって作者が指し示そうとしている事柄が何であるかによって、寓意と謎との違いがでてくるのではなく、事柄がどのように扱われ、事柄が言葉とどういうかかわりになっているかによって違いが生まれるというのだ。謎の場合には、事柄がイメージ化されていて、言葉はそのイメージの一端を指示するだけなのだ。サムソンの謎の場合には、解答はライオンの口からとった蜂の巣だが、食べる者、強いものはライオン、食べ物、甘いものが蜂の巣ということになる。一方、寓意の場合には、流れ星の落下という一つの題材が、別な土地でのトロイアの再興、アエネーアースの脱出と航海といった別な題材との関連で、それら別の題材を間接的に指示する働きをもっているのだ。

ある題材がその題材とは別な文脈の題材を隠された形で暗示するのが、寓意なのだ。これを本来の寓意とすると、ロレンツェッティの絵画のように、鋭く尖った剣をもつ恐ろしい形相をした使者という一つの具体的な画像があり、使者であり剣でありながら、その画像が全体で恐怖という一つの抽象概念を表現することも寓意として考えうる。なぜなら、剣をもつ使者という題材が、悪政によってもたらされる市民への恐怖という別な題材を指示しているからである。そして『薔薇物語』の挿絵がそうであったように、何の寓意になっているかを描き手は文字を使って一語で表現までしてくれている。

◆ポイント:言葉は、別な文脈に置き換え二重読みする必要がある◆
◆ポイント:二重読みが可能な表現方法を寓意という◆

止まらない寓意の解釈

寓意として読むことが当然のこととされるペトラルカの時代では、字義通りのレベルとは別に、少なくとももうひとつ別な体系からの意味の発掘が要請されていることがわかった。とするなら、マルティーニの画像中で二枚目の巻紙に書かれていることは、画像と寓意的にどのように結びついているのだろうか。まず寸鉄詩は、寓意として隠されている秘密が三人の人物にもわかるようになっていると教えている。

秘密が将軍、牧者、農業主にもわかるように、

高所から語ったマローの秘密を明かすセルウィウス

そこで画像をもう一度見てみると、上段中央にいるセルウィウスは、右隣にいる将軍をしっかり見つめながら、はがれたベールの向こうにいるウェルギリウスを指さしている。ウェルギリウスの作品の字義通りの読み方というよりも、セルウィウスは「秘密」が「わかるように」しているのだから、寓意の読み方までも指示してくれているのである。それに応えるかのように、将軍(長槍をもち短剣を身につけた中世の騎士の姿)はウェルギリウスを見つめている。画像の左下で、現在も使われているブドウの枝剪定鎌をもった農業主が、ブドウの剪定をしながら、高い場所にいるウェルギリウスをじっと見つめている。詩人を見つめるのは、ヤギの乳搾りの真っ最中である牧者も同じである。

シモーネ・マルティーニ ウェルギリウス詩集 挿絵部分

 このような画像の読み方は字義通りの描写説明である。一見すると、あの流れ星や三匹の雄鹿の描写のように、ここには寓意はないようだが、人物が王ではなく将軍、商人ではなく農業主、漁民ではなく牧者が描かれていることを考えれば、この写本の中に収められているウェルギリウスの3つの作品、『田園詩』、『農耕詩』、『アエネーイス』のことを頭においていることがわかる。

字義通りの画像解釈では、こういう職についている人にセルウィウスが寓意を明らかにするということだが、寓意のレベルの画像釈義ももちろん可能である。これらの人物の配置は、一番下で時計の文字盤でいえば6時の位置にいる牧者を起点として、7時の位置の農業主、10時の位置の将軍、12時の位置のセルウィウスといったように半円を描いている。

中世には「ウェルギリウス円盤」(rota Virgilii)あるいは「ウェルギリウス行程」(cursus Virgilii)とよばれていた、詩人として習熟すべき三つの段階定型のパタンというものがあった。田舎の生活や恋愛、田舎者同士の歌合戦といった粗野な内容と短くてゴツゴツとした低級の文体で最初は修練し、次の段階では、農耕技術もさることながら農業を通じて人間生活を自然の動きと調和させることによってもたらされる平安と満足を適度なしまりをもった文体で歌いあげ、そして最後には、戦争と政治に関わる内容を荘重な調べの言葉で歌い上げる荘厳体による叙事詩を書くという軌跡であった。三人の人物は三つのジャンルとそこで身につけておくべき詩風と文体の寓意になっているのだ。

ジョン・オブ・ガーランド『パリシアナ・ポエトリア』1240年頃

さらに「円盤」の関係でいえば、三人の人物はウェルギリウス自身の詩人としての生涯の寓意でもある。叙事詩『アエネーイス』の冒頭は「戦いと勇士を私は歌う」で始まっているのではなく、ウェルギリウス自身が詩作をどのように進めてきたのか、その履歴を語る「私はその人だ」が本来の冒頭になっている写本があり、それは中世で流布していた。[4]その履歴によれば、「葦笛」に合わせた歌、「農業主に役だつ」歌、そして「今は軍神マルスの怒髪を歌う」とある。半円の頂上のその先にいるウェルギリウスは、天を見上げ詩神の助けを借りながら、今まさに叙事詩の著述を行っている真っ最中ではないか。

 第三の寓意として、こうした三種類の異なった詩集のそれぞれを、詩集を手にした読者にもその寓意がわかるようにセルウィウスが解説しているということも考えられる。

このように寓意は字義通りというレベルから離陸して、いわば広義の意味でのテキスト(読み取られる対象)という肉体から流れだして止まらない血のように、氾濫し増殖してい く。これではただただ混乱が生じるだけではないかと、私達は思い込んでしまう。何か適当な座標軸を設けて、一つ一つの寓意釈義を座標面上に打ち付けて、複数の釈義をグループ分けし、相互関連付けを行わないと、混乱に負けてしまいそうで不安になる。この不安は私達だけのものではなく、実際に、セルウィウスの寓意釈義は、共和制から帝制に移行させた初代皇帝アウグストゥスから庇護を受けた詩人としてのウェルギリウス像をたえず念頭においた解釈として理解されるようになっていく。しかしむしろ私達がこの無限の増殖という寓意の運動性にかんして見落としてはならないのは、もはや規範の反復ではなくなるということである。

イシドロスがセヴィリアの司教であり、ペトラルカが下級聖品(侍祭、読師、守門)を受けたキリスト者、マルティーニが大作の宗教画を生涯にわたり描き続けたことが物語るように、寓意はそもそもカトリック教会の教義という境界内で釈義されるはずのものであった。それもそのはずで、教義の土台を築いたといえるパウロは、ユダヤ教の正典である『旧約聖書』(旧約はキリスト教からの観点)を寓意釈義を利用することによって、キリスト教の独自性を提示した人だったからである。パウロの寓意釈義の一つの典型は、旧約のなかでも父祖とよばれるアブラハムの二人の息子についての説明である。一夫多妻が許されていた旧約の時代には、父祖は女奴隷ハガルと正妻サラの二人の妻を持っていた。

女奴隷の子は肉によって生まれたのに対し、自由な女から生まれた子は約束によって生まれたのでした。これには、別の意味が隠されています。すなわち、この二人の女とは二つの契約を表しています。

ハガルは旧約、サラは新約の寓意だというのだ。釈義はそうしたレッテル貼りだけで終わらない。寓意はそれがもつ意味内容を広げていく。

子を奴隷の身分に産む方は、シナイ山に由来する契約を表していて、これがハガルです。このハガルは、アラビアではシナイ山のことで、今のエルサレムに当たります。なぜなら、今のエルサレムは、その子供たちと共に奴隷となっているからです。他方、天のエルサレムは、いわば自由な身の女であって、これはわたしたちの母です。(「ガラテヤ書」4章23-26節)

二人の妻という題材が旧約と新約という別な文脈のなかに置き換えられて、旧約=モーゼの律法=地上=奴隷状態として、律法は人を奴隷として束縛の下におくのに対して、新約=アブラハムへの約束=天上=自由として、新約は、自由人として神の祝福の相続人にすると解釈している。

このようにある題材を別な文脈の題材に結びつける際に、その別な文脈とはキリスト教教義であることが一般的であった。しかもこのパウロの例からもわかるように、寓意釈義はパウロが勝手気ままに空想した結果として生まれるものではなく、神の意志によりあらかじめ埋め込まれており、それがベールに包まられていたために見えなかったのだが、それをはっきりと見させることである。神の意志が地上の人間の出来事や個人の行為に介入し実現することは摂理とキリスト教教義ではいわれるが、寓意釈義をする人間は、神の摂理が人間の物事を通じて表現していることを明らかにする義務があるのだ。

しかしここで非キリスト教徒であったセルウィウスに戻れば、この文法学者の寓意釈義にはキリスト教教義は釈義の射程には入っていなかった。ウェルギリウスへの寓意釈義に関していえば、パウロが聖書という枠の中で二つの契約といった相互参照をしたように、ウェルギリウスの詩作の中で以前に起こったことや今後起こりうることを相互参照し、また時には詩作の外部に出ていって、ウェルギリウスの個人史やこの詩人が生きた時代の出来事を詩の中の言葉と結びつけている。

キリスト教神学という定まった思考習慣の枠から逸脱する道が、セルウィウスには開けているということである。言葉が画像といった現実の現われに対して、過去についての記録や経験を想起しつつ、自覚的にある題材なり観念を提示して、もとの現れに離散的な広がりを加えていくのだ。

◆ポイント:寓意は次々と広がっていく◆
◆ポイント:寓意はそもそもキリスト教教義の枠で考えられた◆

[1] 『近親書簡集』5:17。

[2] Annabel M. Patterson, Pastoral and Ideology: Virgil to Valéry (Los Angeles: University of California Press, 1987) 19-59

[3] 夢の中で美しい果樹園に入っていった「私」は、 庭の芝生で高貴な男女の一群が踊っているのを見る。 「私」に気づいた「礼節」が一緒に踊るようにと声をかける。挿絵の右側は「私」が「礼節」に誘われて踊りの輪に加わろうと しているところ。『薔薇物語』では、この後「高貴な男女」の顔ぶれが 並んで踊っている順に読者に紹介される。そこで最初に登場するのが 画像の左側に描かれている「悦楽」と「歓喜」のペア。

[4] P. A. Hansen, “Ille Ego Qui Quondam . . . Once Again,” The Classical Quarterly 22 (1972):139–149.