イタリアの詩人・人文学者であるペトラルカ(1304- 1374年)は、一度だけ見たラウラという若い人妻に深い情愛を抱いてしまいます。報われない愛とその苦しみを歌った抒情詩集『カンツォニエーレ』(1350年)は、後にフランスやイングランドでは恋愛詩の金字塔として崇められるようになります。そしてペトラルカ風の叙情詩集(ソネット形式)が、宮廷人によって数多く書かれることになりました。ここでは、そうしたイングランドの恋愛詩の翻訳を掲載しています。
ようこそ。 西洋文化と日本文化の接点を、誤解と理解という視点から眺めています。
イタリアの詩人・人文学者であるペトラルカ(1304- 1374年)は、一度だけ見たラウラという若い人妻に深い情愛を抱いてしまいます。報われない愛とその苦しみを歌った抒情詩集『カンツォニエーレ』(1350年)は、後にフランスやイングランドでは恋愛詩の金字塔として崇められるようになります。そしてペトラルカ風の叙情詩集(ソネット形式)が、宮廷人によって数多く書かれることになりました。ここでは、そうしたイングランドの恋愛詩の翻訳を掲載しています。