この浮世絵は歌川国貞による美人画の一枚です。この女性が鏡を見ながら何をしているのか、分かるでしょうか。
女性は、自分の歯を黒くするため、染料(鉄さびとタンニンなどを合成した液)を縫っています。自分の歯をこのように黒く染めることを、お歯黒といって、平安時代から明治時代初期に至るまで、日本の女性が行っていた化粧の一部です。
戦後生まれの私自身も、明治生まれの女性がお歯黒なのを見たことがあります。なにやらとてもその女性の顔が醜く見えた印象があります。それは私だけではなく明治時代に日本にやってきた英国の外交官オールコック、彼の部下であったオリファント、そしてデンマークの軍人スエンソンも同じように言っています。
ところがお歯黒に対するこうした印象は、女性の上に書いてある文字に注目してみると、当時の女性が抱いていた美意識とは正反対であることがわかります。そもそもこの美人画の表題が「化粧三美人」で、その表題のあとには、「木々をみな 目に立田山 ひとしおに は[歯]を染めて 猶(なお)色まさりけり」(式亭三馬)の狂歌を添えています。この歌の後半は、「色まさりけり」というように、お歯黒を塗ることに歯に黒い「色」をつけて色の数を増す(「まさる」)という意味と、美しさ(「色」)が前よりも増すという意味とを掛けています。こうして、式亭三馬は、少しでも美しくなろうと女性がお歯黒に熱中することをからかっているわけです。けっして、お歯黒によって美しくなると女性が信じているそのことをからかっているわけではありません。つまり、この女性も、三馬も、歯を黒く塗ることによって女性は見にくくなるなどとはさらさら思ってもいないということです。
このように図像とそこに付けられた詩歌・解説によって、私たちの美意識に修正が迫られると同時に、当時の人たちの意識も浮かび上がってきます。
ここでは詩歌・解説とセットになった図像を主として渉猟しながら、17世紀の結婚観・離婚観を覗いてみることにします。