❖死❖ 死の恐怖の克服
Stultitia est timore mortis mori.
ストゥルティティア・エスト・ティモーレ・モルティス・モリー
死を恐れるあまり死ぬとは愚かである。
(セネカ『道徳書簡』第24書簡23節 類例)
■解説■
セネカの持論は、私たちは一日生きるごとにその一日分だけさらに死に近づくことになるから、「一日ごとに死んでいる」(第24書簡19節)。最期の時を迎えて存在しなくなるのは、「死を完結させるにすぎない」(同20節)。にもかかわらず、その最後の時がやがてやってくることに強い不安を感じ、不安が高じて死んでしまう人がいる。これは実に愚かだとたしなめている。
▶比較◀
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るもの也。
(西郷隆盛『南洲翁遺訓』第4条, 1890年)
■解説■
死や利害を恐れない人物こそが真に自由で、大義に生きることができるという意味。セネカが死への恐怖に支配される人間の弱さと愚かさを指摘するのに対し、西郷は死をも恐れない無私の境地に達する必要と、またそうした人間が無私の境地に立つことで得られる行動力を説いている。セネカは恐怖に囚われることの愚を批判して、心の安定を説くが、西郷はさらに一歩進めて、恐怖を超越した者こそが真に強靭であり、社会にとっても畏るべき存在となる」ことを説いている。
