『国富論』とダイダロスの翼:大河内暁男訳『国富論』

大河内一男監訳
古典といわれる名著を本格的に読もうとするなら、古典が書かれた時代に共有されていた問題意識を知らないと、肝心の点を読み飛ばすか誤読してしまうことになるでしょう。それに加えて古典の古典、つまりギリシア・ローマの政治・文学・神話にもあらかじめある程度精通しておこうとする意欲が不可欠でしょう。
たとえばスミスの『国富論』が書かれた時代に共有されていた問題意識は、商取引で用いられるお金が硬貨や地金から個別の銀行が発行する銀行券や手形がかなり大きな規模で流通するようになり、金に裏付けられていない「紙」で本当に大丈夫なのかということでした。銀行券・手形の発行と決済を、スミスは「慎重に行われるべき銀行業務」 “the judicious operations of banking” と述べています。
The judicious operations of banking, by providing, if I may be allowed so violent a metaphor, a sort of waggon-way through the air, enable the country to convert, as it were, a great part of its highways into good pastures, and corn fields, and thereby to increase, very considerably, the annual produce of its land and labour. [Cannan版 (1950年) 304ページ]
銀行業の賢明な操作は、私のたいへん乱暴な比喩がゆるされるなら、空中に一種の車道を敷設することによって、この国が、それ自体としてはなにものも生産することのない公道の大部分を立派な牧草地や穀物畑に転換させることを可能にし、またそうすることによって、この国の土地と労働の年々の生産物を大いに増加させることを可能にするのである。大河内監訳版・玉野井芳郎訳]

この言葉が出てくる前の箇所でスミスが述べていることは、当時の商慣行についてです。補って説明すると、農産物や工業製品などの商品を生産者が販売者に売り渡す場合には、金貨・銀貨を介して受け渡しが行われていました。しかしスミスの時代のスコットランドでは、多くの個人銀行が誕生しており、これらの銀行がそれぞれ自発的に発券業務を営んでいました。発券というと、造幣局による国家業務と今の私たちは考えてしまいますが、紙券 (paper money) については、個人銀行がその銀行の責任において発券することが可能だったのです。この銀行券は兌換で、今でいう小切手あるいは手形でした。この紙券は、金額の他に、振出人と受取人の名義、そして多くの場合、償還日が記載されています。[1] これによって、いちいち金貨・銀貨を介する必要がなくなり、売り買いができるようになります。しかし商工業に従事する当時の企業家は銀行券を決済手段としてだけではなく、生産を拡大し業績をあげるための資金獲得手段としても利用するようになっていました。
しかしこれはしょせん紙なので、当然のことながら金銀のように貴金属としての価値によって裏付けられているわけではありませんでした。また、企業家がなにか事業を起こそうとして資金が必要になって、その資金が自己資本や私人からの信用借りを超えるレベルになった場合、商人間で融通手形を発行しましたが、その手形に銀行が噛んで手形割引の業務もするようになっていました。そのため個人銀行が手形を、自己資本を超えて乱発することが、実際に起こってしまいました。手形に対する信用が失われれば、取り付け騒ぎが起こります。そして実際に、スミスの保護者であった貴族が経営者に名を連ねていたエア銀行というスコットランドの個人銀行が、取り付け騒ぎから破綻してしまいました。銀行には、「慎重に行われるべき銀行業務」が必要なわけです。
スミスは個人銀行が発行する紙券がその信用創造の力によって、退蔵されている資本を、何か新たに生産するのに役立てる資本に変質させることを認めています。しかし、紙券は正貨ではありません。そこでスミスは、金貨・銀貨の現金決済による商取引に対して、紙券の手形決済による取り引きを比較しています。そして、手形決済取り引きについては、前回書いたように、
[鈴木訳]銀行が慎重に業務を行うことで、それはこの国の商工業を拡大することにまあある程度は何かの足しになるかもしれないが、商工業そのものは必ずしも安全ではありえなくなるということは、認めざるをえないだろう。
という判断を下しています。
ところで、「必ずしも安全ではありえなくなる」点について、現金決済は下線(2)、手形決済は下線(1)のような比喩を用いて説明されています。
The commerce and industry of the country, however, it must be acknowledged, though they may be somewhat augmented, cannot be altogether so secure, (1)when they are thus, as it were, suspended upon the Daedalian wings of paper money, (2)as when they travel about upon the solid ground of gold and silver.
下線部分は、大河内訳では次のようになっています。
(1)いわば紙券というダイダロスの翼で吊り下げられているのだから、(2)金・銀貨という堅固な地面の上を歩きまわる場合にくらべて、絶対安全ということはありえない
そして下線部(1)の「ダイダロスの翼」の部分に注をつけて説明しています。
ダイダロスはギリシャ神話に登場するアテネの名工匠。かれは迷宮の建築家として有名で、その迷宮のなかにその子のイカロスとともにミノス王によって幽閉された。そこで脱出をはかり、蠟の翼を作ってイカロスといっしょに空に飛んだが、イカロスは高く昇りすぎて日光で翼がとけてしまい海中に落ちて死んだという。
ダイダロスが翼を作り出し、その翼を付けたその子イカロスは見事に空を飛べましたが、イカロスは高く昇りすぎて海に墜落したことは、ギリシア・ローマ神話のなかでも有名な逸話として、現代でも語り継がれています。実際、この逸話は現代ではイカロスの名前で百科事典の一項目に記載されています。
ところで20世紀半ばまで、イギリスではラテン語が大学入学の必須科目でしたので、この逸話は百科事典を通じて得る知識ではなく、ラテン語で書かれたギリシア・ローマ神話を読んで直接学ばれていました。その神話教科書としてもっとも代表的なものが、アダム・スミスの時代はもちろんのこと、イギリス経済学の祖ともいえるウィリアム・ペティの17世紀にあっても、オウィディウスの『変身物語』でした。この書のラテン語が比較的読解しやすいこともあって、日本の中高生が『竹取物語』を読むような感覚で、大学入学前の教育では『変身物語』が教材として採用されていました。
その『変身物語』内の記述(8巻183-235行)は、大河内訳の注の説明とはひとつ大きく異なっていることがあります。
Nam ponit in ordine pennas,
a minima coeptas, longam breviore sequenti,
ut clivo crevisse putes. Sic rustica quondam
fistula disparibus paulatim surgit avenis.
Tum lino medias et ceris adligat imas,
atque ita compositas parvo curvamine flectit,
ut veras imitetur aves. (8巻189-190行)[斜字体下線部は鈴木]というわけで、ダエダルスは、一番小さな羽を起点にして
短い羽に長い羽を加え、順に並べていったが、
それは傾斜しながら大きくなっていったと思えるほどだ。ちょうど昔ながらの田舎葦笛が
長短そろっていない葦を長さの順に少しずつ並べて盛り上がらせていくようだ。
[ダエダルスは羽のまとめたものの]中央部分は紐で、基底部は蜜蝋でつなぎあわせ、
こうして整えて、湾曲を多少くわえて、本物の鳥の翼に似せる。[鈴木訳]
大河内訳の注釈は「蠟の翼」となっていて、あたかもダイダロス(ローマ名はダエダルス)はラテン語が蝋(パラフィン)を使って蝋製の翼を作ったのかのように読めてしまいます。しかし、ダイダロスは、蝋製の翼を作ったのではなく、蝋はあくまでも翼の基底部を接着するために使っただけなのです。またなぜこれが蝋(パラフィン)ではなく、蜜蝋といえるかといえば、ラテン語ceris(斜字体下線部)が蜜蝋(cera)ということもありますが、羽の作り方が田舎葦笛 (rustica fistula) の作り方に喩えられているからです。
『変身物語』と並んでこれまた大学入学前のテキストとしてよく使われたのが、ウェルギリウスの『牧歌』ですが、そこにこの葦笛の有名な記述があります。
Pan primum calamos cera coniungere pluris
Instituit. (2歌31-32行)たくさんの葦を蜜蝋でつなげることを最初に教えたのが、
パンであった。 [鈴木訳]
ギリシア人はもちろん膠(にかわ)を知っており、雄牛や魚から膠を作っていましたので、笛用の接着剤を翼の接着剤として利用するには強度が不足することは想像がついたはずです。逆に、翼がすべて蜜蝋でできている蜜蝋製翼というのは思いつきにくかったはずです。したがって、「蠟の翼」という大河内訳の注釈は不正確な説明ということになります。
しかし翼が何製であったのかというよりも、ダイダロスと連想づけられる教訓のほうがここでは重要です。スミスがわざわざ「ダイダロスの翼」という比喩を使って手形決済による商取引のあり方を説明しているのは、それがやがて「墜落する」からではありません。そうであるなら、、

山岡洋一訳
[山岡洋一訳]イカロスの翼のような紙幣の力で、いわば空中を飛ぶようになると、金貨と銀貨という堅固な道を歩んでいる場合とくらべて、国の商業と産業は……まったく安全だとはいえなくなる。(『国富論』上 327ページ)
このように「イカロスの翼」といってもよいはずでした。翻訳家・山岡は原文のダイダロスをわざわざイカロスと置き換えているのは、墜落のイメージを強く出したかったからかもしれません。しかしスミスがここで翼の製作者であり、イカロスのように墜落しなかったダイダロスの名前を使っていることに、ひとつの意図を感じてしまいます。なぜならこの逸話でオウィディウスははっきりと、ダイダロスが息子に語る教訓として、ダイダロスの口を通じてこう語らせているからです。
“medio” que “ut limite curras.” (203行)
「程よい道を進むように」といった
高くもなく、低すぎることもなく、中庸の道を飛んで行きなさいと、忠告しています。中道こそは、スミスが手形に対して抱いていた感慨であったはずです。なぜなら、手形を使うことによって、企業家は手形を振り出すことで、借金が可能になり、より大きなプロジェクトや商取引が可能になる一方で、その手形を引き受ける銀行は、手形から上がる利子を取得でき、いわばウィン・ウィンゲームとなります。手形による信用創造によって手元の資金が「死んだ資本」にならずに、「活動的で生産的な資本」に転換します。しかし、冒頭で述べたように、企業家の事業がうまくいかなくなった場合、手形が乱発され、そうした手形を銀行側が引き受けると、最後には、手形が焦げつき企業家ばかりか銀行も倒産という憂き目を見ることになります。それはまさに高く飛びすぎた状態です。したがって銀行は、「死んだ資本」と焦げつく手形との間の、中庸の道をその「業務」としなくてはなりません。
こうしてみると「銀行が慎重に業務を行う」というときに、スミスが考えていたのは、経済史家・竹本洋の言葉を使えば、「銀行は、商人または企業家がときどきの請求に応じるために手元に遊休させて保有しなければならない流動資本部分、つまり手元現金のみに貸し付けを限定しなければならない。」ということでした。この中道を銀行がルーティーン・ワークとして歩むことが、「ダイダロスの翼」という神話を引き合いに出したスミスの意図であったはずです。
スミスはここで扱った箇所の直前で、紙券があればこそ起こりえた南海泡沫会社事件についてかなり詳しく言及していますが、スミスの時代の人気作家ジョナサン・スウィフト、あの『ガリバー旅行記』の著者、も、この会社の倒産について言及し、風刺詩を書いています。この詩では、中道を進まなかったこと、蜜蝋が接着剤であったこと、そして翼が紙券であったことがはっきりわかるように描かれています。
In The Bubble 泡沫のなかで
The young Advent’rer o’er the Deep 若き冒険者は、鷲のように
An Eagle’s Flight and State assumes, 堂々と海を渡り飛べると思い上がり、
And scorns the middle Way to keep: 中道を進むことを馬鹿にする。
On Paper Wings he takes his Flight, 父親が蜜蝋でしっかりと接着してくれた
With Wax the Father bound them fast; 紙製の翼で空を飛ぶが、
The Wax is melted by the Height, 高く飛んだので蝋は溶けてしまい、
And down the tow’ring Boy is cast 真直ぐ舞い上がったこの子は落下する。
A Moralist might here explain 道学者なら、ここで、クレタの若者の
The Rashness of the Cretan youth; 軽率さと解釈し、
Describe his Fall into the Main, 大海への墜落の有様を述べては
And from a Fable form a Truth. 真実を言い当てる逸話とするだろう。
His Wings are his Paternal Rent, 翼は父親譲りの収益金で、
He melts his Wax at ev’ry Flame; 熱にうなり、蜜蝋の印鑑を溶かして押し、
His Credit sunk, his Money spent, 信用は沈み、金は使いはたし、
In Southern Seas he leaves his Name. 南海にその名を残していると。
(34-48行)
スミスはスウィフトの巧みな風刺と簡潔な文体を賞賛していますが、「ダイダロスの翼」という比喩を使ったとき、スウィフトのこの詩が頭の片隅にあったのかもしれません。
最後に、羽をつなぎ合わせて作った翼は、紐で体に縛り付けたというのが、西洋で通常考えられていることを示す絵画と彫刻の例を挙げておきましょう。

ドメニコ・ピオーラ「ダイダロスとイカルス」1670年代 個人蔵(ジェノバ)
[1]「18世紀の前半には信用貨幣は大きな商取引に限定されていたということができる。賃金支払いや小売取引に使う近代的な小額の持参人払い銀行券のようなものはなかった。おおまかにいって、この世紀の前半には、あらゆる種類の紙幣(paper money)は,今日の小切手によって占められている領域内にとどまっていた。」(アルバート・エドガー・フェヴャー, エドワード・ヴィクター・モーガン(1984) ポンド・スターリング: イギリス貨幣史 (p. 176) 新評論
