逆境:墓場にする場所も、火にくべる木も充分でない

Nec locus in tumulos, nec sufficit arbor in ignes.

ネク・ロクス・イン・トゥムロース・ネク・スッフィキット・アルボル・イン・イーグネース

墓場にする場所も、火にくべる木も充分でない。

(オウィディウス『変身物語』7巻613行)

■解説■
 ギリシアのペロポネス半島の西に、大きなアイギナ島がある。この島ではかつて疫病が流行り、多くの死者が出た。疫病流行の原因は、ユーノー女神が島の泉、池、河に蛇を放ち、水を汚染させたからだった。女神がそのようなことをしたのも、この島に住み、島の名の由来ともなったアエギーナが、女神の夫であるユッピテル大神によって誘惑され、子を孕んだことに怒ったからだった。
島には、瘴気(しょうき)も蔓延(まんえん)し、最初は野生動物、次には家畜に異様な行動が見られるようになり、そしてついには人間にまで感染し、内臓が猛烈に焼け、自分の体熱で死んでいくことにまでなった。その死者の数は数え切れないほどだったという。
 引用文は、火葬するにも薪が足りず、死体を埋葬するにも墓場が足りない、それほど死者が多かったことを物語っている。
オウィディウスはイエス誕生の頃に活躍した、古典ローマを代表する作家の一人だが、他にも、こうした疫病の記述をしているローマの著名作家は、オウィディウスとほぼ同時代のウェルギリウス(『農耕詩』3巻478–566行)、そしてオウィディウスよりも半世紀ほど古い、ルクレーティウス(『事物の本姓について』6巻1090–1286行)がいる。
疫病により人がばたばたと倒れていき、墓場が足らないような事態は、このような2000年前ならあっても当然だっただろうが、まさか衛生状態も良く、医学も進歩している21世紀において、コロナというウィルスによって百万単位で人死が起こるとは、ほとんど誰にも想像できなかった。

ポンペイ遺跡に残るネクロポリス(墓場)

▶比較◀

人、疾(やまい)におらば、則ち医を貴(たっと)び、禍(わざわい)有らば則ち鬼(き)を畏(おそ)る。

(『韓非子』解老 春秋戦国時代)

■解説■

人間は健康なときには医学のことを忘れがちだが、病気になると医学を信奉しありがたがる。また、順調であれば疫病神のことなどどこ吹く風だが、いったんひどい厄災にあえば疫病神をひどくおそれるようになる。


❖言葉❖ 文体は生き方の反映
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❖豊かさ❖ 満足する技法
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❖豊かさ❖ 向き合い方が肝心
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❖豊かさ❖ 執着からの自由
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❖豊かさ❖ 豊かさの極地
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❖豊かさ❖ 満ち足りた心が必要
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