◆羞恥(しゅうち)◆ 羞恥は徐々に消えていく
Nemo repente fuit turpissimus.
ネーモー・レペンテー・フイット・トゥルピッシムス
何人も、突然、このうえもなく恥知らずな者にはならなかった。
(ユウェナーリス『風刺詩』2巻83行)
■解説■
共和制時代のローマでは市民には兵役の義務が伴い、レスリングなどで体を鍛え、男性的であることがよしとされた。しかし帝政が定着すると、カリギュラ帝(在位37-41)、ネロ帝(在位54‐68)そして後のエラガバルス(在位218-222)の所業から想像がつくように、そうした男性らしさが一辺倒に称揚されなくなってくる。ローマ社会の風潮を揶揄批判した詩人ユウェナーリスは、男性であってもとくに貴族は、女性の服装や装身具をまとったりと、女性化していったことを批判する。そして貴族クレーティクスが透き通ったトーガをまとっていることを取り上げ、これよりももっと恥知らずなことを今後はやることになるだろうとこの貴族に向かって予言する。引用はその予言の言葉。誰でも、羞恥心を失っていくのは徐々に徐々にであって、突然にではないということ。
この名言は文脈から離れて、謹厳実直であると思われる人が、犯罪の嫌疑などかけられたときに、あの人がそのような罪を犯す訳はないというケースで使われる。

▶比較◀
恥ずること無きを之れ恥ずれば、恥無し。
(『孟子』尽心・上 [?前4世紀後半])
■解説■
自分に羞恥心が欠けていることを恥ずかしいと思うようになれば、自分の振る舞いや発言をたえず精査する癖ができるので、人からはずかしめを受けることもなくなるということ。
