ミルトン ソネット9番 Lady that in the prime
若々しい人生の春のさなかにいる上品な淑女よ、
賢明にも広い道、緑の道をお捨てになり、
<天の真理>という丘へと努力して登るごく一人握りの人たちと
きわだって並び立つあなたよ、
あなたは、マリアやルツにならい、良い方を
選び取られた。わからずやの者どもは、
あなたが徳を積んでいくことに苛立つが、
そのあなたは怒るどころか、憐れんで思いやる。
あなたにとっての関心とは、よい香りのするランプに、
輝く行い、そして恥じることのない望みを
詰めようと、一途に気を配ること。だからこそ、
真夜中に花婿が、祝いを述べる友人たちをつれて、
祝福へと進みいるとき、あなたは、自分が入る場所を
手に入れたのです、賢明で純潔な乙女よ。
◆解説◆
▶内容要約
若い女性が、浮ついた青春の道を捨てて、謹厳な正しいキリスト教教理に向かって歩むようになった。浅はかなかつての仲間は、その女性の振る舞いにいらだつが、女性の方はその短絡的な味方を憐れんでいる。今となってその女性にとっての関心は、神の前に謙虚となり、聖書に記されている神の言葉を忠実に実践することである。この女性は、間違いなく天の国に入ることができるだろう。
▶誰に向けているのか
このソネットは、ミルトンの初の詩集『詩集』(1645)に掲載されたもの。『詩集』には、ミルトンが英語で書いた独自の詩、聖書の「詩篇」の英訳、イタリア語・ラテン語による詩、仮面劇などが収められている。英語による独自の詩のなかには10篇のソネットがあり、これはその第9番で、もしもソネットが制作年代順に配列されていたとすれば、一つ前のソネット8番(「隊長、大佐」)が1642年11月の出来事を踏まえていると考えられているから、それ以降ということになる。しかしこの『詩集』の他の詩も、他のソネットも制作年代順に必ずしも配列されているわけではない。とすると、このソネットは、1642年11月以降作とこだわる必要はない。
そしてこの詩では、作者から若き女性への深い情愛と尊敬が伝わってくるから、そのような女性として誰が可能であったかを考えると、浮かび上がってくるのは、ミルトンが一目惚れしてしまったメアリー・パウエルがその候補となる(言うまでもなく、詩中の「マリア」は英語でメアリー)。もしこのソネットがメアリーに宛てたものだとすると、1642年6月頃の作となる。
▶謹厳な宗教人と破れたロマンス
メアリーだとすると、この16歳の女性が周囲の田舎友達から、歳の離れた男性と結婚するのをからかわれて不機嫌だったので、それを諌めたというもの。ミルトンはピューリタンで、「<天の真理>という丘へと努力して登るごく一人握りの人たち」と自負していた。そして、英国国教会に漫然と所属し、ただいわれるがままに信仰するということは忌避していた。そういう男性をメアリーは選んだのだから、メアリーは「きわだって並び立つ」ことになる。言い換えるなら、マリアのように「良い方を選んだ」(「ルカ福音書」10章12節 下記の典拠を参照)し、またルツのように、「あなたの行かれる所に行き/お泊まりになる所に泊まります」(「ルカ福音書」10章12節)という進行にそった決断をしている。メアリーをからかう田舎娘たちは、天の国に入ることができない「愚かなおとめたち」(「マタイ福音書」25章3節)なのであって、メアリーのように「婚宴の席」(「マタイ福音書」25章10節)に着く「賢明で純潔な乙女」ではないのだ。
ミルトンは、このメアリーとわずか一ヶ月の求婚期間の後に結婚するが、その結婚は、きわめて大雑把な言い方になるが、一ヶ月ほどで破綻することになる。メアリーは、「大きな邸宅とそして陽気な仲間に慣れていた」のに、ミルトンは学問・思索一筋の生活を続けており、詩人のとしての頭角をすでに表していただけではなく、英国国教会の教義・制度について改革すべき提言を著作として発刊していた言論人でもあった。そんな厳格な「哲学的生活」を送るピューリタンと結婚したメアリーは、かつての生活様式を捨てなければならなかったし、自分にはとてもついていけないと分かったのだろう。
しかし一目惚れしてしまったミルトンには、メアリーが自分のような厳格な宗教人のとしての生き方に共鳴できるし、そういう生き方をすでにしている錯覚してしまったのだろう。男性が自分が美しいと思った女性を見たときに、その女性の性格や振る舞いを自分の理想に合致するように美化して思い描いてしまうというのは、男性の心性としてしっかり埋め込まれているのだろう。事実、ミルトンは、『離婚の教義と規律』のなかで、「女性はその恥ずかしさから黙っている」が、「まだ経験の浅い若者はそれほど目利きではない」のでそういう沈黙を慎みのように誤解すると述べている。
こうした苦い経験があったにもかかわらず、ミルトンがこのソネットを『詩集』のなかに掲載したのは、『詩集』が出版される少し前に、なんとメアリーはミルトンのもとに自発的に戻ってきたのだ。それはミルトンが1645年夏に、親類のブラックボロー家を訪れたとき、そこにメアリーがいたのだ。女性としての美しさの盛にあった彼女は、ミルトンの前にスカートの裾ずれの音を立てながらひざまずき、涙ながらに自分の愛する夫として許しを請うたのであった。この3年ぶりの再開で、ミルトンはメアリーを受け入れ、翌年にはメアリーとの間に長女が誕生し、その後二女一男を授かることになる。和解は確実に成立したのだ。
◇聖書の典拠◇ 共同訳からの抜粋
マリア:「ルカ福音書」10章
(38)一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。(39)彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。(40)マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」(41)主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。(42)しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」
ルツ:「ルツ記」1章
(16)ルツは言った。
「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。
わたしは、あなたの行かれる所に行き
お泊まりになる所に泊まります。
あなたの民はわたしの民
あなたの神はわたしの神。
(17)あなたの亡くなる所でわたしも死に
そこに葬られたいのです。
死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」
ランプ・花婿・乙女:「マタイ福音書」25章
(1)「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。(2)そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。(3)愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。(4)賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。(5)ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。(6)真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。(7)そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。(8)愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』(9)賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』(10)愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。(11)その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。(12)しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。(13)だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」
■参考文献■
Hughes, Merritt Yerkes, Bush, Douglas, Dobranski, Stephen B., MacKellar, Walter, Fresch, Cheryl H., & Klemp, P. J.. A Variorum commentary on the poems of John Milton. New York: Columbia University Press, 1970.
Honigmann, E. A. J.. Milton’s sonnets. London: Macmillan, 1966
Miller, Leo. “John Milton’s ‘Lost’ sonnet to Mary Powell.” Milton Quarterly 25 (1991): 102-7.
Milton, John. Doctrine and Discipline of Divorce in Ernest Sirluck Ed. Complete prose works of John Milton. Vol. 2. New Haven: Yale University Press, 1959.
Wilson, A. N. The life of John Milton. Oxford: Oxford University Press, 1983.
