◆戦争◆ 戦争は男の仕事
Bella viri pacemque gerent quis bella gerenda.
ベッラ・ウィリー・パーケムケ・ゲレント・クイス・ベッラ・ゲレンダ
戦争をするのは男なのだから、戦争と平和は男の領分だろう。
(ウェルギリウス『アエネーイス』7巻444行)
■解説■
異国トローイアからイタリアに到着したアエネーアースは、イタリアの王国ラティウムと同盟関係に入る。ラティウムの王は自分の一人娘・王女ラーウィーニアが外国人と結婚することを託宣によって知らされていたので、同盟には積極的であった。しかしアエネーアースが定住することに怒った女神ユノーは、復讐の女神アレクトーに、すでにラーウィーニアを許嫁としていたイタリア・ルトリー人の勇者トゥルヌスを元に行き、アエネーアースと戦うように仕向けよと命令する。アレクトーは巫女に変身して、このままでは王女がアエネーアースのものになることをトゥルヌスに警告する。それに対してトゥルヌスはそれは杞憂だと一蹴し、巫女は神殿のことを考えていればよい、戦争するのかどうか自分で判断すると述べて、引用のようにいう。この不遜な態度に怒ったアレクトーは、戦闘へと駆り立てる狂乱をトゥルヌスの胸に打ち込む。

▶比較◀
天下 安しと雖も、戦いを忘るれば、必ず危うし。
(司馬穰苴『司馬法』仁本篇 [周代])
■解説■
目下、平和であるとしても、戦争が起こる可能性を忘れれば、国を危険に晒すことになるということ。この言葉の前段には、戦争を行うときは、自国の国土が侵略されたから、他国の指導者が死んだから、凶兆が見られるからといった理由は不十分で、あくまでも自国の民を愛するがゆえに戦争は行うものだと諭している。トゥルヌスは許嫁を盗られるという自分の都合で戦争を起こす気持ちはなかったので、当初は『司馬法』の教えにそれなりにかなっていた。なおこの名句は米内光政が山本五十六に贈った掛け軸の書にもなっている。
