◆死◆ 自裁の自由
Mors ultima linea rerum est.
モルス・ウルティマ・リーネア・レールム・エスト
何事も行き着く先は死。
(ホラーティウス『書簡詩』1巻16篇79行)
■解説■
詩人ホラーティウスの時代は、共和制が終わり、帝政へとローマが向かう体制大転換の時であった。体制大転換期には、政治・社会を含めた世界のありよう全体についてのこれまでの既存の価値観が揺らぐ。そうした状況にあって信奉されたのがストア哲学であった。そもそもギリシアに端を発するストア学派は、ローマでは、理性に従って徳を培うべく生きること、そのためには名声や過渡の蓄財に心がとらわれないこと、そして死が訪れることを意識しつつ魂の平安を獲得するといった実践的な教えとして広まっていった。そんなストア派の命題のひとつが、「有徳の人には幸福に暮らすための条件が欠けていない」というものであった。詩人は友人に宛てた書簡の形で、この命題に回答しており、その回答の一部がここの引用である。
いかにも理不尽で不遇な目に遭おうとも、自殺をすれば、そのような不条理から人間は自由になれる特権を持っていると、詩人は、古代ギリシアのテーバイ王ペンテオスと神ディオニュソスの言い合いを援用しながら述べる。どのような不幸に襲われようとも、徳のある人間であるなら、自ら死を選ぶという自由意志による自発的な選択の可能性が残されているではないかという。

▶比較◀
武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり。
(山本常朝『葉隠』[1710年])
■解説■
ストア主義の日本版ともいってよい武士道においては、「生か死かいずれか一つを選ぶとき、まず死をとることである」(奈良本辰也 訳)と教えている。そして当初の目的を果たせずに、おめおめと生き残るとしたら、それは腰抜け、目的を果たさずに死ねば、犬死。しかしそれは恥ではないと、山本は断言する。
なお英国海軍の影響を強く受けていた戦前の日本の海軍では、士官が命を軽々しく落としては軍が維持できないことを自覚しており、『葉隠』は一種の禁書であった。
