◆死◆ 死の訪れ
Pallida mors aequo pulsat pede pauperum tabernas/Regumque turres.
パッリダ・モルス・アエクオー・プルサト・ペデ・パウペルム・タベルナース/レーグムクエ・トゥレース
青白い死は、貧乏人の長屋の一室にも、王の城塔にも、差別なく足でたたく。
(ホラーティウス『歌章』1巻4歌13-14行)
■解説■
死を思わせる冬が去り、万物に生命が宿る春がやってきて、その喜びにあふれていることを歌った直後に、詩人はいきなり死の訪れへと話題を転換する。春がきても、死は富貴身分を問わずに、万人に等しくやってくる。差別なくやってくる調子の良さは、pの頭韻によって強調されている。なお、「死が足でたたく」というのは、古代ローマではドアのノックは、手ではなく足でやったからで、「足でたたく」というのはその人の家を訪れるという意味。

▶比較◀
命は槿花の露の如し
(安楽庵 策伝『醒睡笑』2[1623年])
■解説■
人の命は、早朝に槿(ムクゲ,朝顔)の花弁に宿る露が日がしっかり昇った頃にははかなくも消えてしまうように、終わってしまう。ここでは命のはかなさは万人に共通であることが含意されているが、その平等性よりもむしろ命の短さ、命の美しさが前面に出ている。そしてその生命は自然の事物の一つである露にたとえられ、ラテン語の引用文の死のように、擬人化されてはいない。
