著者とその作品:ホラーティウス (前65年-前8年) Horace

ローマのアウグストゥス時代の詩人。ローマ詩人のなかでも、その大人らしい達観から、西洋ではもっとも愛されているローマ詩人といってもよい。
ホラーティウスは、一連の詩集のなかで、生きにくく混濁する世界でどのような考え方をもち、どういう価値観をもっていれば、生き抜くことができるかを開陳している。それは、自らに対する適切な自尊心と尊厳を失わなず、他人にも自分にも寛容で厳しくありつつ、ユーモアの感覚を忘れないといったところである。
ホラーティウスは、ローマの広域中央幹線道路・アッピア街道沿いにある、南中央イタリアの山村(現在のヴェノーザ)で生まれた。解放奴隷である父は、息子の才能を見て取ったのか、最良の教育を受けさせようと、ローマに移住する。そしてホラティウスが20歳の時にはアテネに留学までさせている。もっともこの留学は途中で中断となる。というのも、ローマで内乱が起こり、独裁を狙うユリウス・カエサルを暗殺した共和主義者ブルートゥスは、カエサルの甥オクタウィアヌス(後に皇帝アウグストゥス)に追われ、アテネに逃げ着いた。アテネの自由主義精神の薫陶を受けていたローマからの留学生たちは、共和主義を堅持しようとするこの刺殺者に共鳴する。ホラーティウスもその共鳴者の一人で、参戦はするが、ピリッポイの戦い(前43年)で破れ、ローマに戻る。当時のローマ市民は兵役が義務であったとはいえ、やはりインテリの生兵法だったのだろうか。
恩赦により命を救われたこの若者は、父親の財産は没収されていたが、金を工面して、国庫の書記の地位を買う。そして余暇の時間を使って抒情詩と風刺詩を書くことを考える。
抒情詩はギリシア文学の一ジャンルとして確立していた。ギリシア語の韻律に相当するラテン語抒情詩韻律を考案し、そこにギリシアの抒情詩で歌われているテーマを落とし込むのには、大変な工夫が必要であった。一定の韻律(長短)を保持するため、ホーラティウスの抒情詩では、名詞にかかる形容詞が、その名詞の一行下にあるといったような語配列の自由さがよくみられる。これは、文法の骨格は残しながら文型を自由に操作するような無理があったが、ホラーティウスはそれをやってのけた。
風刺詩は、ローマ文学にすでに存在していたが、ホラーティウスはそれらを洗練させるべく、文体の上のでは言葉を選び、格言調の簡潔な表現に変えることを試み、語りの視点としては人間とその生き方について、機知に富み、親しみのこもったスタンスを採るようにし、風刺詩の手本を確立する。
自分なりの抒情詩と風刺詩を確立すべく、試みに書いた詩17篇(後に『エポーディー』として公表)が、ウェルギリウスなどの当時すでに名声の高かった詩人の目にとまる。それは、文学者のパトロンとして名高いマイケーナス(アウグストゥス帝の右腕で財政担当)の庇護へとつながる。
この庇護は小役人であったホラーティウスの生活を一変させることになる。『風刺詩』(前35年)をまとめた後、この富豪から、ローマからやや離れた地に荘園を提供され、そこで執筆に専念するようになる。再び、『風刺詩』を、次に『歌章』、さらに『書簡詩』を公表する。
これらの詩はいずれも、言葉の塊にヤスリをかけて、彫琢し、簡潔な形と内容へと凝縮している。そしてそこでは、日常の私的感覚に基づいた気持ちや意見が披露されている。それを評して哲学者ニーチェは次のように述べている。
「どの一語も響きとして、位置として、概念として、右に左に、そして全体にわたってその力をみなぎらせる言葉のモザイク、文字の量と数において「最小限」でありながら、それによって達成されたエネルギーは「最大限」であること──これら一切がローマ的であり、私を信じてもらえるなら、群を抜いて崇高である。それ以外の詩作の一切合財は、これとは逆にあまりに通俗的なものであり、──単なる感情の駄弁にすぎない」(『偶像の黄昏』 村井則夫訳, 河出文庫).」
こうした詩を生み出せたおかげで、ホラーティウスの生涯は、若くして、思想に共鳴し体制に逆らうが挫折し、その後に貧乏役人になり下がるが、やがてその文学的才能を買われて、あれよあれよという間に、生活が豊かになり、職を捨てて著述に専念できるようになるという幸福譚を絵に描いたような軌跡をたどった。

『エポーディー』(前40年頃, 17篇) Epodes

政治、敵への揶揄、愛といったものを主題とした詩集。詩は、短長格二行連句で、二行目は一行目よりも短い行になっている。この短い行のことを、ギリシア語でエポードスといい、この詩集のタイトルになっている。
翻訳:『ホラティウス全集』 (2001). 鈴木一郎訳. 玉川大学出版部.この訳書は、ホラーティウスのすべての詩の翻訳になっている。

『風刺詩』(第1巻 前35年, 第2巻 前31年, 18篇) Satires
その語り口は、話しかけるようなスタイルで、ユーモアにあふれ、都会的な洗練された感覚で、人間の愚行や悪徳を揶揄し、またパロディ的な本歌取り(本歌はギリシア文学)もしている。しかし著名人との交流など、個人的な経験についての叙述もある。

『歌章』(第1-3巻 前23年, 第4巻 前13年, 103篇) Odes


ホラーティウスの代表作。ギリシア抒情詩人アルカイオスの詩形を主として範にとり、その主題は、人生、四季、友情、恋、酒、愛国、個人体験と多岐に及ぶ。その歌い方は、主題からやや距離を置いた地点からの作者の語りとなっている。たとえば恋愛は、恋するこの瞬間を楽しく、しかし落ち着いて過ごそうという誘いになっている。また神々への信仰は、盲目的な敬神ではなく、ちょっとした嗜みとして描いている。とはいえ、初代皇帝アウグストゥスの依頼で書かれた、政治を扱った詩では、この皇帝への全面的な信頼を寄せ、内乱を集結させローマを安定させたことを絶賛している。
翻訳: 歌章 (1973). 藤井昇訳, 現代思潮社.

『書簡詩』(第1巻 前20年, 第2巻 前14年, 23篇) Epistles

友人に宛てた手紙という形式で、『風刺詩』と同様の語り口で同類の主題について叙述している。マイケーナスから提供された荘園で執筆。哲学など知的な事柄についての興味が深まり、物財への心配から自由になったので、人生、人間関係などについての作者の良識的な大人の見解が詩行からにじみ出ている。そして、第2巻は、詩論で、第1歌はアウグストゥス皇帝に宛てたもので、ギリシア文学影響下にあるラテン文学(当時はすべて詩で、散文は文学に入れない)が洗練されていく歴史を述べる。そして第2歌は凡庸な詩人に向けて、文学論を開陳している。この文学論は、アリストテレス『詩学』の並んで、西洋文学の参照枠になった。
翻訳:『詩学・詩論』 (1997). 岡道男訳. 岩波文庫。『書簡詩』第2巻第2歌の訳とともに、アリストテレスの「詩学」(松本仁助 訳)も収録。

『詩論』Ars poetica

『書簡詩』の第2巻第1歌で、この歌だけ独立して『詩論』とよばれている。ギリシアのアリストテレスの『詩論』と並んで、文学作品をいかに書き批評するかを教える指南書として、西洋文学で珍重された。全体はおおまかに詩(抒情詩・叙事詩・演劇)に共通する原則、演劇執筆に関し注意すべきこと、詩人の性格や心の持ち方の三つからなっている。