◆恋・愛◆ 愛があると何もかもが怖くなるのです

Cuncta timemus amantes.

クンクタ・ティメームス・アマンテース

愛があると何もかもが怖くなるのです。

(オウィディウス『変身物語』7巻719行)

【解説】

 アッティカの王子ケファルスは、アテネの王女プロクリスと結婚し、深く愛した。しかしあるときケファルスは、曙の女神(アウローラ)に見初められ、女神の元に連れ去られる。ケファルスは女神の美しさやその力を見せつけられても、妻プロクリスへの愛が絶えることはなかった。プロクリスのことばかりを口にするこの男に業を煮やした女神は、妻のもとに戻ることを許すが、その際に、プロクリスを妻にしなければよかったと思うだろうと予言する。プロクリスは、この預言を帰路であれこれ考えているうちに、もしやあの美しく若い妻は、貞淑であっても、自分が女神に捕らえられている最中に、不貞を犯したのではないだろうかと疑う。そして上に引用した言葉を漏らす。

  妻プロクリスは夫ケファルスの留守中にも実際には操を守り通していた。しかし夫は、別人に変装して妻の操を試し、妻はとうとうその策略にはまる。その瞬間に夫は正体を明かし、その不義を責めると、妻は、夫の元を去り、山に入り、処女神ディアナに仕えるようになる。妻から離別するはめになった夫が、自分の疑う心を後悔したことはいうまでもない。

【比較】

疑心暗鬼を生ず (諺)

そもそもの意味は、心に疑いがあり不安な状態でいると、暗闇の中で、そこにはいないし存在するはずのない鬼の姿が見えてくるということ。そこから転じて、何かあるのではないかと疑う心があると、本当はそうでないことまでも疑わしく思えてくることをいう。

 これを疑われた側、恋愛・結婚関係において不貞などの嫌疑をかけられた女性の側についていえば、次のようになる。

くるしげなるもの……わりなくもの疑ひする男にいみじう思はれたる女

「つらそうなこと。……むやみに疑い深い男にひどく愛されている女。」(清少納言『枕草子』(1001年頃)157段)

ケファルスを追う曙の女神 (前440年頃) Johns Hopkins Archaeological Museum