◆二元対立の英語感覚◆《離散⇔統合》Part1 前置詞
動詞+前置詞:動詞によって、前置詞の意味が離散から統合へ転換する場合がある
前置詞 across は、起点から終点までを通過していったと説明されています。とすると次の文の acrossはどのように訳せるでしょうか。
(1)
(a) Expressing the passion of an avid baseball fan, his cheering voice echoed acrossthe field.
(b) 熱血野球ファンとして力を込めて声援するその声は、球場全体に鳴り響いた。
その声は「球場を横切った」ではなく、「鳴り響いた」になります。なぜでしょうか。
起点は、自分のいる外野の観客席で、終点はホームベース、通過は外野・内野ですから、声援は観客席から外野・内野を通過してホームベースにまで到達したとなります(図1)。直接にはこのような一本の経路が考えられますが、終点はホームベースとは限らず、内野の観客席も、両チームのそれぞれのダグアウトなどいろいろな地点がありえます(図2)。とすると、経路は一本ではなく複数あることになります。そしてこの複数の線をばらばらの離散したものとして捉えるのではなく、一つの均質なまとまりとして統合すると、たとえ球場のすべての部分にではなくとも、「球場全体に鳴り響いた」となるわけです(図3)。
この離散から統合へという転換というもうひとつの例をあげれば、
(2)
(a) The guards were stationed across the hill to safeguard against threats from the enemy.
(b) 敵からの脅威を防ぐために、警備隊が丘全体に配備された。
警備隊員は、丘のいろいろな地点に配備されたわけですが、丘全体をカバーするという表現になっています。
離散から統合への転換は前置詞across だけにみられる特殊な現象ではなく、他の前置詞にもみられる傾向です。
(3)
(a) The bustling marketplace was filled with vibrant colors and enticing aromas.
(b) 市場はにぎわい、鮮やかな色と心をそそる芳香がいっぱいだった。
(4)
(a) The beans are scattered all over the table.
(b) 豆がテーブルいっぱいに、こぼれた。
(3)では、市場全体を隙間なく、各出店のかかげる店名ロゴや旗の色がおおっていたわけでもなく、また焼肉や揚げ物の香りがどの店にも行き渡っていたわけでありません。各店のロゴの色、旗の色、何店かから出てくる焼肉の匂い、また別な店が発する揚げ物の匂いと、これらはどれもぼらばらに離散していますが、それらを一つの均質なまとまりとして捉えているので、まるで隙間もないように市場はこうしたもので「いっぱいだった」となるわけです。
また(4)では、こぼれた豆がテーブルの表面をくまなくおおいつくすわけではないのに、離散している個々の豆を一つの均質なまとまりとしてみて、テーブル「いっぱいに」というテーブル全体をおおっているという表現になります。
離散から統合へという転換は、日本語の感覚からするとやや複雑な手続きのように思えます。というのも日本語ではたとえ離散しているものであっても統合して捉える傾向が強く、離散がそもそも意識されないためにこの転換を必要としていないからです。日本語の統合して捉える傾向というのは、たとえば日本語では対象にたいして原則として単数・複数の区別を意識していません。それは個々のものがあっても、それらを一つの塊として統合して認知しているからです。これに対して英語では、対象を捉えるときには対象はそもそも離散していると捉えるのが基本で、それに対立するものとして統合が意識されます。これをおおまかに公式化すれば、離散と統合の区別立てをするのが英語(図4)、それに対して離散意識が欠如し統合的に対象把握するのが日本語(図5)ということになります。そしてこの公式からすれば、前置詞は使われ方によって、本来は離散をあらわしているはずであったものが統合に転換することがあるといえます。
ただし、前置詞の使われ方によってはといっても、統合に転換させる力の源は前置詞そのものに内在しているというよりも、前置詞を支配している動詞と前置詞がタッグを組むことに負っています。以下では、これまでみてきた統合機能を果たしているそれぞれの前置詞の例文にあわせて、離散機能を果たしている例を見ることにします。動詞が変わることによって、離散機能になっていることがわかると思います。
(1)
(c) Expressing the passion of an avid baseball fan, his cheering voice reached the cleanup batter across the field.
(d) 熱血野球ファンとして力を込めて声援するその声は、外野から4番打者に届いた。
(3)
(c) The atmosphere of the bustling marketplace improved slightly with vibrant colors of its signboards.
(d) にぎやかな市場の雰囲気は、鮮やかな色の新看板で少し変わった。
(4)
(c) The beans are arranged over the table.
(d) 飾りで豆をテーブルに並べた。
こうしてみると、<動詞+前置詞>という連鎖単位で、どういう動詞と前置詞が組むかによって、前置詞は離散から統合へと比較的容易に変化しうることがわかります。
そして日本語に戻ると、基本は統合的把握をしており、離散把握をするときには、~個、~つ、~本といったような類別詞を使います。ところが英語の前置詞を習得するときには、図6のような単線を使って説明されるので、無自覚のうちに離散把握をすり込まれてしまい、本来の認知把握である統合をするのが難しくなっています。
たとえば次の例文では、「横切って」、「沿って」、「中を抜けて」と離散離散把握では日本語訳として意味をなさず、総合把握として訳す必要があります。
(5)
(a) The news of their victory quickly spread, and a sense of excitement swept across the crowd.
(b) 勝ったというニュースがすぐに広まると、興奮が群衆に広がった。
(6)
(a) Several accidents occurred along the busy highway during rush hour.
(b) ラッシュ時の混雑した高速道路で事故がいくつも起こった。
(7)
(a) Ideas for my next project ran through my mind, each one more exciting than the last.
(b) 今度の計画について次々としだいによいひらめきが起こり、頭から離れなかった。
前置詞の意味を理解する際に、ほぼ自動的に離散把握にこだわってしまうために、<動詞+前置詞>が生み出す総合把握のあり方を認知することが、日本人には難しくなっています。
【参考文献】
池上嘉彦. 日本語と日本語論. ちくま学芸文庫, 2007.
Lakoff, George. Women, Fire, and Dangerous Things: What Categories Reveal About the Mind. Chicago: University of Chicago Press, 1987.
山梨正明. 認知言語学原理. くろしお出版, 2000.