◆日英語の認知相違◆ 4. 《日本語認知の基本》受け手がかかえる復元・察しという責任


日本語:受け手が送り手の意図・意味を復元し、察することが要求される

  日本語では、共同注視枠でくくられた同じ場面に私と相手は居合わせています。共同ということは、主語を相手にいちいち明示する必要もなく、またわかり合っているはずと思えることにいちいち言及する必要もなくなります。このように主観的に表現がなされ、「省略」が行き渡っているということは、逆にいうと、相手も私と同様に、私の提示する共同注視枠に自己投入し、話題の意味はもちろんのこと、その話題に言及する意図や話題の重みも、話し手である私と波長をあわせる必要がでてきます。相手は、私の提示する注視枠を想像し、私が語りかける話題を正確につかむことが暗黙のうちに要求されているのです。 正確につかむ要求は、コミュニケーションにおいてはどの言語においてもみられることです。そしてコミュニケーションであるからには、それが話したものであれ、書いたものであれ、送り手と受け手がいます。しかし共同注視枠に提示する送り手と、共同注視枠がどんなものかを想像しそこに参入する受け手とでは、責任の重さが異なっています。
 共同注視枠に提示する際に、送り手は得てして自分にとってその枠がわかりさえすれば、相手もきっとわかってくれるだろうという、いわば察しの心構えを受け手に期待しています。こうした期待があるために、受け手の方は共同注視枠を正しく復元し、送り手が伝えたいメッセージを察する必要があります。受け手には復元・察しという責任が重くかかってきます。受け手のへの復元・察しへの期待値が高いと、送り手は、自分の言いたいことは、受け手も察して理解すると決め込んで、自己中心的な言い方・書き方になります。日本語ではそうした言い方・書き方が許されているために、送り手の独白(モノローグ)風の発信が主流となりがちです。[1]

 たとえば子供が最初に出会う傑作絵本を取り上げてみましょう。五味太郎『あかちゃん』(私は最高傑作だと思っていますー独白です)では、まず共同注視枠が「ぼくも あかちゃんだったころは…」といって、話し手によって作られます。
 話し手は確かに読み手の方を向いていますが、自分がいま何歳であり、なぜ赤ちゃんだった頃のことを語ろうとするのか、いっさいそういう情報はありません。読み手としては、自分も赤ちゃんだった頃はと想像し、この語り手が提示する空間に入っていくことが暗黙のうちに求められています。
 そして次のページで、語り手は「よく ねたものだ」と述べます。寝たのはぐっすりと「よく」なのか、頻繁に「よく」なのか、あるいはその両方なのか、読み手である私たちは補う必要があります。ですからこの発言から、赤ん坊が幼児用ベッドで寝ているという字義通りのメッセージを受け取るだけでは足りません。
 「ぐっすりと寝た」のであるなら、大の字になってすやすやと安心して寝ている姿を読み取り、そしてそのゆったり感はオルゴールで動くベッドメリーや握って遊ぶガラガラのおかげであることを察し、またそういうものを準備してくれている両親の眼差しを心に中に復元する必要があるわけです。
 「頻繁に寝た」のだとすると、語り手が今は寝ずに済んでいて外で遊び回っている姿を読み手は復元し、赤ん坊の頃は自分に動き回れずに不自由であったなあという感慨を察することが、暗黙のうちに語り手から要求されているわけです。
 このように共同注視枠を設定して語りを進める日本語では、聞き手/読み手が復元・察しという、語り手/書き手に寄り添った補助的作業をする責任があるわけです。
 日本語母語話者としてはこうした要求・責任は日常生活の呼吸と同じく当たり前の構えとなっているので、自覚されることはまずありません。しかしこの要求・責任が受け手の側にたえず突きつけられていることは、和歌・俳句を「味わう」ときに顕在化しています。和歌・俳句を「味わう」とは、読者は作者の世界に没入し、作者が表象している世界を思い描き、作者が感じている気分を察して追体験することで、初めて鑑賞したといえるわけです。



[1] 典型例は大学入試の論述問題に見られます。「「読者は頭がいい病」とは「まあ、わかってくれるでしょ!」「多少飛躍してたり、難しくても、読者はわかってくれる!」そう思い込んで、言いたいことが何なのかわからない文章を作ってしまう病。それが「読者は頭がいい病」です。……この病気を治すには、本人の強い意志が必要です。」西岡壱誠『「伝える力」と「地頭力」がいっきに高まる東大作文』 東洋経済新報社, 2019.


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