◇愛のエンブレム◇ 90

NEGARE IVSSI, PERNEGARE NON IVSSI.

Cedere non subitò suadent sexusque pudorque;

Sed modus in cunctis optimus est habitu,

Est cùm difficilem quæ sese præbuit olim,

Ingemit, & nimiùm lenta fuisse dolet.

だめといえと教えはしたが、そう言い続けろとはいわなかった。

女性だから恥ずかしくて、すぐにはなびけないけれど、

 何をするにせよ、ほどほどが肝心。

かつて落とし難く自分を見せた女性がいるが、いま

 ため息をつき、冷たくしすぎたと嘆いている。

刻限過ぎに申し出た親切は
望んだものとはいえ遅すぎる

 アモルが親切にプロポーズしても、女性は礼儀としてまず断わるが、

最初の申し出で受け入れるのは、不適切と思われるからだ。

何度断わっても、言い寄られるかもしれないが、

それを期待していると手遅れになり、とんでもない馬鹿だったと気づくかもしれない。


❁図絵❁

 胸を矢で射られたアモルがカゴを差し出しているが、差し出されたアモルはそのカゴを受け取ることを拒んで、両手を出しながら逃げている。逃げるアモルの背後の森の木陰では、ほおづえをついているもう一人のアモルがいる。なおカゴの中には握った両手(成約の象徴)が入っている。

❁参考図❁

ロバート・バートン (Robert Burton)[➽122番]『憂鬱の解剖』(表紙)1638年版

 憂鬱なタイプの人間は高級だという俗説が17世紀に流行した。憂鬱についてのこれまでの文学・医学書にある記述を、バートンはその博学を駆使して体系的にまとめた。この『憂鬱の解剖』では、恋愛は憂鬱になる一つの大きな原因であると述べられ、恋愛に陥ることの愚かさが説かれている。帽子を目深にかぶり、手の指を組んだ貴族姿の男性の足下には、恋人に捧げるために彼が作った恋愛詩や冠が散乱している。恋人に贈っても受け取ってもらえずに突き返されたのかもしれない。


〖典拠:銘題・解説詩〗

典拠不記載:実際にはマルティアーリス『エピグラム集』第4巻81歌5行[➽5番]。恋をしてどの女からも「ノー」といわれたことがないといううれしい嘆きの経験を持つ詩人マルティアーリスは、たまには「ノー」といわれてみたいという詩を詠んだ。その詩を読んだある女性は、詩人が何度も誘うが「ノー」といい続けている。その女に向かって詩人は、「いまこそ、イエスといってくれ。ノーといえと教えはしたが、ノーと言い続けろとは教えなかった」といい、この女性を口説いている。

典拠不記載:

〖注解〗

馬鹿:恋愛関係がうまく運ばなかったとき、自分がやってしまったへまを責めたり、相手の不実を恨んだりと「心痛」を感じるが、それは当時は「憂鬱」として認知された。人間の体内には、血液・胆汁・黒胆汁・粘液という四種類の体液が混じり合っているという四性(しせい)説では、憂鬱は黒胆汁が優勢になって生じると考えられた。そういう人間の手の仕草は、ほえづえであったり、両手の指が互い違いにはさまった握った手であった。「恋愛憂鬱」というルネッサンス恋愛詩に典型的にみられる「病」の徴候である。「両手の指を交差させて互いにかみあわせたままでいるのは、「憂鬱の想い」に陥った人間が不活発であることを現している。…だから『格言集』にある「手を握って座る」の意味は、「何もしない、怠惰にふける、他人の邪魔になる」となる。」(ジョン・ブルワー『手言葉(カイロロゴス)』1644年)

▶比較◀

待たせる:「身を投げむ 淵もまことの 淵ならで かけじやさらに こりずまの波」(朧月夜(おぼろつきよ)『源氏物語』34若菜上)。<大意>「光源氏様が、身を投げようとおっしゃる淵は本当の川岸ではないのですから、私は、貴方様の恋が本物かどうかにわかに信じられません。そもそもかつて貴方様の心に騙されて()()りした経験があります。ここで再び、偽りの波をかぶって涙に濡れるようなことはしたくありません」。須磨での蟄居(ちっきょ)を解かれた光源氏が都に戻り、かつての恋人である朧月夜(おぼろつきよ)に関係復活を望んだところ、それに対する朧月夜の返歌。帝にも愛されていたこの女性は当初は光源氏との関係をこのように拒んでいたが、しばらくするとやはりその恋心を断ち切れず、再び情熱的な関係を持つようになる。だめを言い続けなかった女性の典型。この逆に、光源氏からの愛を拒み続け、最後には出家して光源氏が自分に手を出せないようにしたのが、そもそも光源氏蟄居へのきっかけを作った藤壺の宮。


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