◆日英語の認知相違◆《日本語認知の基本》【応用編】Part2 認知パターン転換の難しさ:絵画との比較


英文作成:英語認知パターンへのハードルは高い

 論理の補いと主張の明瞭化という作業は、もちろん言うは易く行うは難しのたぐいのことです。このハードルが意外に高い1ことは、たとえば、西洋絵画の技法を取り入れようとした日本人画家が最終的に西洋絵画の技法通りの絵を描けなかった、その苦闘が物語っています。
 江戸時代中期に、ルネサンス時代に完成された西洋の線遠近法表現がオランダ経由で日本人画家たちの目に触れます。線遠近法というのは、画家自身が、描出しようとする対象にたいしてある一定の距離をおき、その離れた不動の視点から、幾何学的にその対象を捉える画法です(図16)。線遠近法では、対象の大きさはその不動の視点から対象までの距離に応じて決定され、遠くのものは小さく、近くのものは大きく描かれ、また近くのものは色彩が鮮明に見え、遠くのものは(かす)んで描かれます。線遠近法は、形の大小、色の濃淡を距離の遠近に対応させることで統一された立体空間を生み出すことに成功しました(図17)。

図 16 画家の固定視点 (Edgerton. The Renaissance Rediscovery of Linear Perspective. 1975)
図 17 線遠近法による建築の描写 (Edgerton. The Renaissance Rediscovery of Linear Perspective. 1975)

 これに対して日本画では、画家は個々の対象や出来事と向き合い、対象・出来事が変わるごとに画家の視点も移動していくという画法です。そのために画面上に描かれた空間全体をしっかりと統一する単一視点はなく、空間内の各場面ごとの描写を寄せ集めたようになってしまいます。たとえば江戸図屏風(1638-57年頃 図18)では、雲の上から見下ろされた江戸が描かれています。そして画面内の個々の場面では、そこに居合わせた人々が、その着物の柄や頭の曲げのゆい方まではっきりわかるように描写されています(図19, 20)。こうした細かな描写が可能なのは、画家がすぐそばで、その場に居合わせているかのように人物を見ているからです。まさに話題となる対象の共同注視枠内に画家が没入し、その対象に焦点をしぼり、一つの場面を完成させ、次に画家はすぐ隣の別な対象に移動して、同じ運動を繰り返しているからこそ、可能な描写です。こうして移動する視点から撮られたスナップショットを横並びに配置することで、大きな一枚の絵の空間ができあがっています。

図 18 江戸図屏風 (全体) 国立歴史民俗博物館蔵
図 19 江戸図屏風 (部分 愛宕山)
図 20 江戸図屏風 (部分 愛宕山)

ところが、対象に没入せず、一定の距離をおき、しかも不動の一点から空間全体を有機的に捉える線遠近法を知った江戸の画家たちは、日本画では奥行きの表現が乏しいことに苛立ちを覚え、線遠近法を自らの画法の中に取り入れていきます。ところが、こうした新しいタイプの絵は、線遠近法の固定視点と日本画の移動視点とが融合したやや奇妙な絵画を生み出すことになってしまいます。たとえば西洋画を学び礼賛した画家・司馬江漢に、「縁側二美人図」(図21)という作品があります。座って恋文を読んでいる女性が腰を下ろしている縁側とそれに連なる生け垣は、その奥行きの取り方からもわかるように線遠近法が利用されています。またその恋文を立って覗き込む女性がいる部屋も、畳、天井格子、障子の直線・斜線から、透視法によって描かれていることがわかります。しかしその一方で、二人の女性の顔色、着物の色には距離感の違いから生じる微妙な濃淡がなく、また逆に、その着物の柄や髪の曲げ、恋文の文字も明瞭で、画家がそれぞれの女性の至近距離にいて描いていることがわかります。線遠近法の固定視点と日本画の移動視点という、本来あいいれないはずの二種類の視点が混交したままで、この絵は表現されています。そしてその表現の細部をややしっかり見ていくと、女性の体全体は線遠近法で描かれたならばあるはずの三次元の丸み(ヴォリューム)はなくまるで二次元の切り絵のようであり、縁側とそれに連なる生け垣、そして部屋の奥も、数メートルしかないはずなのに、まるで数十メートルも続いているかのように描かれてしまっています。

図 20 司馬江漢「縁側二美人図」(1964-72年頃) 太田記念美術館蔵

三次元であるはずが二次元、短い奥行きが異様に長い、まさしくこうした奇妙さがもたらす違和感が、日本語の文章をそのまま英語に移し替えた場合の英文(表1)にはもちろんのこと、論理の補いと主張の明瞭化をした英文(表2)にすらも漂ってしまうのです。そうした違和感をともなった英文は、インターネット利用が日常茶飯になり、またグローバル化が進んで、英語が世界共通語(リンガ・フランカ)になったので、発音のなまりのように国柄として容認されるようになってはきています。そのために表2の英文は通常のやり取りであるなら十分に通用します。しかし表1の英文レベルでは、多くの補いが受け手に要求されていて文章の論理的つながりが曖昧で、また全体として何を主張したいのかが不鮮明です。そのために、受け手としては「だから、どうなの」(So what?)と問いただしたくなってしまいます。そうした受け手の側のいらだちと不快感を軽減するためには、論理の補いと主張の明瞭化という作業を経た表2の英文レベルが必要です。しかしこれとても、「縁側二美人図」の奇妙さが漂っていることは忘れてはなりません。


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