◆二元対立の英語感覚◆ 格助詞「の」の英訳 Part01 所属と出身


所属 vs. 出身
at vs. from

格助詞の「の」は、通常、連体修飾語として一括して説明されてしまいます。この「の」の働きの特徴は、「風呂敷のように」と形容されることがあります。たとえば動詞文「彼は読む」に「の」をつけることで、「彼は読むのが速い」といったように、動詞文を「風呂敷のように」包んで名詞化できます。[1] また日常生活上の効用として、「疲れた~」といって帰宅した家族に、「俺も疲れてる」ではなく「ああ、疲れたの」と「の」を加えるだけで相手の気持をそのまま受け入れるメッセージを発することができます。[2]


[1] 金谷, 武洋. 日本語文法の謎を解く : 「ある」日本語と「する」英語. ちくま新書. Vol. 383: 筑摩書房, 2003. 131
[2] 渡辺和子『面倒だから、しよう』幻冬舎文庫, 2017.


「の」は魅惑に富んだ格助詞なのですが、こうした例からもわかるように、そこにはいろいろな意味が含まれています。
最初は、「所属 vs. 出身」の「の」です。

スティーヴン・ホーキングは、ケンブリッジの宇宙物理学者でした。
△ Stephen Hawking was a Cambridge’s  astrophysicist.


「の」とみると条件反射的に Cambridge’s のように<名詞 ’s > の形にしてしまいがちですが、<名詞 ’s > の形は名詞が生物有生のときに使うのが原則です。ケンブリッジ大学は有生ではありませんので、Cambridge’s とは普通はしません(この点については後述)。
 つぎにホーキングとケンブリッジの関係ですが、ケンブリッジのキャンパス内にスティーヴン・ホーキング棟があるように、彼はこの大学の教員でした。また大学院はケンブリッジで、ここで学位を取得しています。だから「ケンブリッジの宇宙物理学者」というとき、ケンブリッジに所属していたという意味と、ケンブリッジ出身のという意味の2つが考えられます。

(1) 所属 vs. 出身
スティーヴン・ホーキングは、ケンブリッジ宇宙物理学者でした。⇒所属:~に属しています。
⇒ Stephen Hawking was an astrophysicist at Cambridge

スティーヴン・ホーキングは、ケンブリッジ宇宙物理学者でした。⇒出身:~出の。
⇒ Stephen Hawking was an astrophysicist from Cambridge.”

日本人に分かりやすいのは、出身の「の」は come from の連想から from を使うことで、これはすぐに腑に落ちます。ところが、ケンブリッジに所属していたの「の」はなぜ at を使うのか、いまひとつしっくりときません。
 これは日本語の「の」には後で述べるように、所有の意味が強くあり、所有所属が混同されてしまうことが一因です。もう一つの要因は、所属の捉え方が、日本語では所属する組織に対象が包み込まれるような感覚を伴いますが、英語では所属する組織の外側に立って複数の所属可能な組織を並列させて、その中のこの組織という指差しをするからです。
 組織に包まれる日本語感覚と組織を外から並列的に眺める英語感覚は、「英語では自分と対象との間に距離があるから客観的な叙述になり、日本語では対象に自分が埋もれているので主観的な言い表し方になる」という認知の違いから生じています。
 もう少し丁寧に説明すると、(1)所属する組織の外側に立つとは、図1の状態で、組織がある複数の場所(英国大学がある都市)を外側から眺めています。つぎに (2)複数の所属可能な組織を並列させるというのは、それぞれの場所にある組織(大学)をやはり外側から並べて、互いに対立させます(図2)。そして、いま話題している組織がそのうちのどれなのか、図3のように話題の組織にピッタリと指差します。対象をピッタリと指差しするのは at の基本的な意味ですから、前置詞は日本語にひかれて of にせず、また場所だというので in にもせず、ここは at になります。


なお<名詞 ’s > の形は名詞が生物有生の場合と述べましたが、表現の簡潔さを求めたり、強調したい点が<名詞 ’s >の後に続く名詞にある場合などには、無生物でも<名詞 ’s >が使われます。[1] ただそれでも日本人として英語を書く場合には、<名詞 ’s >は生物が原則と心得ておいたほうが危ない橋を渡る確率が減ります。
I visited Cambridge‘s historic libraries during my trip to England. (ケンブリッジ大学のどこを訪れたかといえば、数々の古い図書館を強調。またすべての図書館を訪れたことになる。)  
⇒I visited all the historic libraries at Cambridge during my trip to England.


[1] 参照 綿貫陽, Mark Petersen.『表現のための実践ロイヤル英文法』 旺文社, 2011. 169B, Helpful Hint 90. 無生物が<名詞 ’s >の形を取らない傾向が強いのは、中英語において「無生物を表す名詞の属格は被修飾語の後位置を占めることが比較的多かった」という歴史的な理由。保坂道雄. 『文法化する英語』 開拓社, 2014.

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