◇愛のエンブレム◇ [序 1]ファン・フェーン

PROH QVANTA POTENTIA REGNI EST VENVS ALMA TVI.

Haec regna tenet puer immitis,

Spicula cuius sentit in imis

Caerulus vndis grex Nereidum,

Flammasque nequit eleuare mari.

Ignes sentit genus aligerum.

Poeni quatiunt colla leones,

Cum mouit amor, tum sylua gemit

Murimure saeuo, amat insani

Belua ponti, lucaeque boues.

Vendicat omnes natura sibi.

Seneca

ああ、(はぐく)みのウェヌスよ、あなたの統べる力は何と強いことか。

この世の国々をあまねく、無慈悲な子供が治めている。

この子の矢じりを、深い海のなかで、ネーレウス

透き通った青色の海の精たちが感じ、

その炎を海の水で沈めることができないでいる。

この炎を翼をもつ種族たちも感じている。

カルターゴーのライオンたちは、愛へと心が動かされると、

その立髪をふるわせ、そしてそのたけだけしい

声を森はこだまする。怒涛の海に住む

怪獣たちも、そして象も愛を知っている。 自然の万物は愛に帰属している。 

                  セネカ


❁図絵❁

 中央の雲から凱車(がいしゃ)に乗ったウェヌス女神が出現する。御者はアモル神、凱車を曳くのはつがいのキジ鳩(浄化と愛の象徴で、ウェヌスの持物)。アモルは左手に炎(熱情の象徴)がほとばしり出る松明を持ち、また凱車を取り巻く雲からは炎が燃え、まばゆいばかりの光が周囲を照らしている。ウェヌス女神の頭部からも光が発散し、その光は、太陽や月もその力の強さの点では及ばない。また、太陽も月も愛の矢で射られているが、他にも、空を飛び地上を歩く鳥たちや昆虫、象やライオンといった地上で最も強く大きな動物たち、鯨などの海に住む生き物(怪獣)、そして人間は老若男女と、ことごとく愛の矢の的となっている。愛の標的のきわめつけは、画面左の燃える山にいるサラマンデル(火トカゲ[➽僕番, 115番])。火を消し止める能力を持つといわれたこの幻想獣すらも、愛の炎を消すことはできない。

❁参考図❁

マールテン・ファン・ヘームスケルク (Maarten van Heemskerck)「ウェヌス女神とアモル神」1545年

ウェヌスがアモルの弓を押さえつけて、矢を射られないようにしている。アモルが握っている矢は、恋心を起こさせる黄金の矢と、それを消す鉛の矢である。これらに種類の矢で、アモルは愛の想いを支配する。なおアモルの遠い背後で、網にかけられて歩かされている人物は、恋心にかられ不倫を犯した人間をあらわしている。


〖典拠:銘題・解説詩〗

典拠不記載:実際には、オウィディウス『変身物語』13巻758-759行。海の精霊ガラテーアは美青年アキスを深く愛するようになったが、それと同時に、一つ眼の醜い巨人ポリュフェームスに愛され追いかけられている。ガラテーアは、この荒くれ巨人が恋に駆り立てられている姿を思い起こして、この銘題の言葉を口にする。

セネカ:『パエドラ』334-338行, 348-353行(原著テキスト一部移動)。パエドラは夫の連れ子への燃えるような慕情を乳母に打ち明け、最終的に夫への忠誠と貞節の名誉を守るために自殺を考える。そのような強烈な恋心について、コロス(合唱団)が批評したときに述べた言葉。

〖注解〗〖典拠:銘題・解説詩〗

ネーレウス:海の老人と呼ばれる海神で、自らの姿を色々な形や物に変える能力がある。彼の娘たちはネーレーイスと呼ばれ、50人以上もおり、海底にあるネーレウスの宮殿で、歌い・踊り・紡ぐ生活を送っている。なお前出のアキレースの母はネーレーイスのテティス。

カルターゴーのライオンたち:カルターゴーはアフリカ全体の総称。ライオンは、フェーンの時代でも百獣の王で、力強さ、勇猛さ、威厳を象徴し、そのような動物であってすらも愛に屈するといっている。参考 ウェルギリウス『牧歌』4巻27行[➽3番]。

セネカ:〔前4年頃-後65年〕ローマ帝政初期のストア哲学者。ネロ皇帝の私教師であったが、のち反逆の疑いで死を迫られ、自決した。この世で物質的・肉体的に不幸であっても、精神的に健全な生活を送ることの必要性と魂の不死を主張している。彼のストア哲学は16世紀の主要な人文主義者を魅了し、ファン・フェーンのリェージュ時代の師であったユストゥス・リプシウスはその代表である。また演劇では、残酷な復讐を主題とした「メデイア」など多数の悲劇は、セネカ風悲劇としてルネサンス文学に大きな影響を及ぼした。

オウィディウス:〔前43―後18年頃〕初代ローマ皇帝アウグストゥスと同時代の詩人。きわめて多産な詩人で、そのジャンルも恋愛抒情詩、教訓詩、書簡詩、叙事詩にまで及んでいる。彼の著作は、『恋愛術』[➽2番]であれ『変身物語』であれ、ルネッサンス期には、恋愛を扱い語るときには必携の書であった。

『変身物語』:神々や人間がある出来事に巻き込まれたり、なにか情動に駆られたりしたために、動植物や物に変身してしまうエピソード(その数約250)を歌ったもの。ルネッサンス・バロック期には博物の起源譚としてではなく、変身が起こるきっかけに道徳的な意味やキリスト教的象徴として読みこまれた。この本は読まれたではなく読みこまれたといった方が適切なのは、文学作品にはこの本の記述をもとに描かれた箇所が無数といってよいほどあり、また美術作品も明らかにこの書を意識して描かれたものが非常に数多く存在するからである。

『パエドラ』:英雄テーセーウスの再婚相手パエドラは、友人を冥界に助けに行ったまま戻ってこない夫テーセーウスの留守中に、継子ヒッポリュトゥスに恋をしてしまう。ところが、ヒッポリュトゥスは、女性や恋愛を侮蔑している。パエドラはチャンスをねらって愛を告白するが、それを聞いたヒッポリュトゥスは父を裏切るそのおぞましさに恐怖し、森に逃げる。ところがパエドラはヒッポリュトゥスが自分を強姦したと嘘を言い、冥界から帰還したばかりのテーセーウスを騙す。

コロス:悲劇において、状況説明や登場人物の振るまいへの批評をするために、一個の登場人物のように劇に現れる匿名集団。セリフを合唱するだけでなく、歌いながら舞踊も伴ったと考えられている。

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