◆二元対立の英語感覚◆《確定事実⇔話者の気持ち》「ショーはいつ始まるのか?」はなぜ未来形を使わないのか
現在形⇒確定事実
アメリカではサーカスは町の一大イベントです。私も子供を連れて、波止場近くの空き地で開かれるサーカスに行きました。サーカスのショーが始まるまでまだかなり時間があったので、波止場を歩いていると、たまたま向こうからもアメリカ人の親子連れが歩いてきました。
アメリカ人の父親が私に向かって、ショーは何時に始まるのかと尋ねられました。
(1) Do you know when the show starts?
この英語を聞いてみなさんは不思議に思いませんか。なぜならショーが始まるまでまだ時間があり、ショーは未来の時点で始まるからです。未来のことをいうのですから、will を使って、
(2) Do you know when the show will start?
が、正しい英語ではないかと思うのではないでしょうか。
正しい英語は(2)ではなく現在形の(1)です。なぜでしょうか。
ショーが始まる時間は一観客である私の意思によって決めることができず、またショー主催する側もなんら特別な事情もないのに、既に公に宣言しているショーの開始時間を変更することはできません。
このように個人の意思とは無関係で、過去も今も未来でも変わらないような事実をいう時には現在形を使います。現在形⇒確定事実と覚えておいてください。
未来の時点のことをいう時には will を文の中に入れるという機械的な覚え方を中学校で習っているので、未来の時点のことをいうのに、文中にwill を入れないというのは、落ち着きが悪く感じるかもしれません。しかしこれは2つの点で誤解があります。
第一に、現在形という名称です。現在形というからには現在のことをいうのであって過去や未来のことを言及することはできないと考えるのが普通でしょう。しかし英語の現在形は、現在のことだけではなく、先ほど述べたように、過去・現在・未来も変わらないような事実をいう時には、現在形を使います。ですから、
(3) I love you.
これはいま現在だけ、あなたを愛しているという意味でしょうか。もちろん違います。この言葉を発する前の過去も、この言葉を発している今も、またこの言葉を発した後の未来においても、「あなたを愛している」という事実を断言しているのです。
第二に未来のことを現在形でいえるのは、英語には過去形はあっても、未来形がないからです。willがあるではないかと思うかもしれませんが、willは動詞を未来形にするための機能語ではなくて、will という言葉を使っている話し手・書き手の確信をあらわし、その派生として未来の意味がついているのです。参照 助動詞は気持ちをあらわす、助動詞 must, will, wouldはこういう違いがあった
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