◆二元対立の英語感覚◆《確定事実⇔話者の気持ち》 助動詞 must, will, wouldはこういう違いがあった
must⇒根拠のある100%確信
will⇒根拠のない100%の思い込み
would⇒根拠のない80-90%の思い込み
基本世界は客観です。そこに私の気持ちをこめるときに助動詞を入れて、世界を主観的に色づけていきます(助動詞は気持ち)。
では同じ助動詞でも must と will はどう違うのでしょうか。must「~にちがいない」、will「未来のことをいうときに使う」という回答は、かなり不正確です。助動詞は客観世界を主観的に色づけるという助動詞本来の見方から正確に読みかえる必要があります。、
たとえばレストランでピザを食べてみたら、一週間前に食べたときと味が違い、確実に味は落ちていた。今日はこの店に来るんじゃなかったと思いますが、そういえばいつものコックよりも背が低く太った姿の人が焼いていた。さてはこれを焼いたのは別な人だなと思います。
(1) Today’s pizzas <1>do not taste as good as the ones I ate a week ago here. A cook who <2>are baking pizzas today <3>must be a replacement worker.
今日のピザは 一週間前にここで食べたピザほど美味しくない。今日のピザ職人は別な人に違いない。
下線部<1>と<2>は助動詞がついていません。これは客観的事実ということです。<1>は「おいしくない」は自分だけではなく、誰が食べても「おいしくない」のです。おいしい、おいしくないは主観的なことかもしれませんが、話し手は誰が食べても「おいしくない」と客観的事実を述べているのです。<2>については、「いまピザを焼いている」人のことであって、これは客観的事実なので、助動詞がつかないのです。
ところが<3>は客観的事実世界から主観的な思い込みに変わっています。話し手のどちらかといえば何かしっかりした証拠があって、主観的に100%の確信をもっていう述べているからです。このようなときに使う助動詞が must です。
ですからたとえば、“Ayako must be getting married soon.” といえば、彼女がウェディングドレス選びのWebサイトをみていたのを偶然見かけたとか、新婚向けのツアのパンプレットをもっているといったようなことがあって、「結婚する」と確信しているわけです。
注: ただしmustの確信の度合いは、ネイティブによってもやや異なっているようです。客観的根拠があるから確信度は強いというニュアンスでmustをとらえる人もいれば、これは “I am sure that Ayako is getting married soon.”よりもずっと確信度は低いと感じる人もいるようです。ですから間違いなく100%に近いのであるなら There is no doubt thatのような形でいった方が誤解は少ないとはいえます。
これにたいして、なるほど主観的な100%の確信をしているのですが、それを裏づける確たる証拠があるわけではありません。しかしそれでも自信をもっていえる場合には will がきます。
(2) I am sure you will like the pizzas fresh out of the oven at the restaurant.
あのレストランのオーブンから出てきたばかりのピザを、きっと気に入ると思う。
彼女がピザを気に入るのは、客観的証拠があるわけではないのですが、私は100%確信しているのです。
willは未来をあらわす助動詞として習いますが、基本的な意味は客観的証拠なしの主観的な100%の確信です。ですから、 “will like the pizzas” 「きっとピザが気に入るでしょう」というとき、そこには好きになるはずだということに重点があるのであって、これから食べる未来の時を想定して、好きになるでしょう」といっているのはむしろ派生的、二義的なのです。
たとえば、次のような文でも、未来の事柄について述べているにはいるのですが、そこには話し手の主観的100%確信があるわけです。彼女をスキーに誘うとき、
(3) I have already bought your snowboard, and I will coach you at the skiing ground full of white snow.
君のスノーボードはもう買ってあるし、白銀のスキー場で僕がコーチするよ。
彼女のコーチをするのは私であって、他の人ではなく、他の人にはやらせないような「意志」もここには感じられます。いうまでもありませんが、名詞 will の意味は意志ですから。そしてこの文ではスキー場に行くのが今ではなく未来の時点であるというのは、二義的なのです。
willの主観的100%確信を少し和らげる場合にはどうしたらよいのでしょうか。仮定法使って、wouldが用います。
(4) A cook who are baking pizzas today would be a replacement worker.
今日のピザ職人は別な人なんだろうなあ。
will は must ほど強い客観性がありませんが、名詞 will の「意志」の意味が生きていて、話し手の押しの強さが潜在的にあります。押しつけがましい断定さがどことなくともなっています。この押しの強さをやわらげるのが、仮定法です。言外には「もし私が間違っていないならばね」if I am not mistakenのような if節が暗に省略されていると考えればわかりやすいと思います。
この would は自分の意見を押しつけがましくなく言いたいとき、相手にたいして提案するときによく使います。たとえば「結婚成功の秘訣はなんだ」(What is the secret of successful marriage?) と聞かれて、それはもちろん「我慢、忍耐」に決まっているのですが、聞いている相手はどうも離婚を考えているようです。そういうときにストレートに、
(5) You need patience when you want your marriage to be successful.
結婚生活をうまくいかせたいなら、忍耐が必要だよ。
と助動詞なしの現在形の確定断言でいっては、カドが立ちます。そこで
(6) I would say it is a matter of patience. You should not run out of patience with your partner.
忍耐の問題だと思うなあ。相手にたいして我慢しつづけなくてはね。
というと、かなりソフトタッチに相手にたいして自分の意見を伝えることになります。
もっと確信の度合いと押しの強さを和らげたいなら、wouldのあとに副詞probablyをつけて使います。
(7) I have already bought your snowboard, and I would probably coach you at the skiing ground full of white snow.
君のスノーボードはもう買ってある。白銀のスキー場でよかったら僕がコーチさせてもらうよ。
表面的には相手にたいして腰が引けた感じがしますが、これは彼女にコーチをしたい気持ちをぐっとこらえているからで、コーチをするのが嫌だという気持ちがあるわけではありません。念のためですが、probablyは日本語の「多分」よりももっと強く、「十中八九」というニュアンスです。
この腰が引けた感じ、押しの強さを引っこめる感じは、実は私たちが日常に使う「~だと思います」のこの「思います」です。私たちが英語で意見発表をすると、発言のあちこちに “I think~” を使ってしまいます。ところがネイティブスピーカーの発言には “I think~” がそれほど多くありません。ネイティブスピーカーにとっては “I think~” という言い方は、自分の発言内容によほど自信がないか、あるいはあなたはどうか知らないが私はそう考えているのだ、なにか文句があるのかといった強弁に響きます。
