◇愛のエンブレム◇ 45

Senec. SÆPE OBSTINATIS INDVIT FRENOS AMOR.
Quid metuis puerile iugum? quid frena recusas?
Tene resistendo vincere posse putas?
Falleris; immiti obluctans pugnabis Amori.
Inijcere inuitis nam solet ille iugum.
セネカ 愛は頑固な者にくつわ✒をしばしばつける。
どうして君は子供が押しつける軛にびくびくするのか。どうしてくつわを拒むのか。
抵抗すれば勝てるとでも君は考えているのか。
容赦のないアモルに抗い逆らうのは、間違いとわかるだろう。
アモルは嫌がる者に軛を投げつけるのが常だからだ。
愛は強いる
アモルは、自分に敵対する意志をもち
どんな愛にも陥るまいとする者を、愛にむりやり従わせてしまう。
アモルは彼らにくつわをはめておとなしくさせ、いなすのだ。
アモルは強力な力をもつ者にも、己の力と技とを発揮する。
❁図絵❁
翼をつけた色白のアモルが、体の大きな黒ずんだ若者にくつわと馬銜をあてがっている。アモルが懸命になってあてがおうとしているのに、若者の方は何とかそれを拒もうとしている。
❁参考図❁

ヘンドリック・ホルツイウス(Hendrik Goltzius)「ウェヌスとアドーニス」1614年
ウェヌス女神はアモルの矢に射られて青年アドーニス[➽フェーン氏への賛辞]を恋してしまう。ところがこの青年は狩りには興味があっても恋には惹かれなかった。女神は狩りに行こうとする青年を何とか引き留めようと、恋の物語を語って聞かせるが、最終的には狩りへ行きたい気持ちを翻すことはできなかった。案の定、狩りにいったアド―ニスは野猪に股ぐらをつつかれて死んでしまう。なおこの絵では、裸体のウェヌスがアド―ニスの肩になまめかしく絡みついているが、ウェヌスの背後にいて、犬にまたがり完全に支配しているアモルのようには、アド―ニスを支配することができていない。
〖典拠:銘題・解説詩〗
セネカ:『パエドラ』574行[➽世番]。パエドラは、再婚相手の連れ子ヒッポリュトゥスに恋をしてしまう。この愛を実現しようと、パエドラの乳母はこの青年に近づき、青年に向かって恋というものがどんなものなのかをさりげなく説明しているのが、この引用箇所。
典拠不記載:
〖注解・比較〗
くつわ:軛が牛に付けて仕事をさせるものであるのに対して、くつわと馬銜(はみ)は馬に付けるもの。ただし馬は愛の強い情熱の象徴として恋愛詩で言及され、そこにくつわと馬銜を付けることは情熱を抑制することを意味していた。参照シドニー『アストロフェルとステラ』第49歌およびシドニーの雑詩「イステル河の岸辺で私の羊たちの群れを」中の次の言葉:「やがてしっかりとしたくつわが馬を締め、犬は首輪を付けられて自分の身の程を知る」(137-138行)。
くつわ:「秋の夜の 月毛の駒よ 我が恋ふる 雲居を翔れ 時の間も見む」(源氏物語 明石)。「秋の夜の月毛の駒よ、わが恋する都へ天翔っておくれ 束の間でもあの人に会いたいので」(渋谷栄一 訳)。都から遁走した光源氏は、明石で素晴らしい女性に出会い、手紙のやりとりをする。8月の13夜に意を決してその女性・明石の御方の家へと馬を進める。しかし源氏には紫の上という愛する正妻がいた。新しい恋人のところに馬を進めながらも、馬上で正妻を一目見たいという気持ちを詠んでいる。馬は愛する人のところに向かうための道具として基本的に考えられていて、馬は愛の強い情熱をあらわすシンボルとはなっていない。なお月毛の駒とは、栗毛色の馬のこと。
