◆日英語の認知相違◆《日本語認知の基本》【応用編】Part1 発信する英語:共同注視枠と視点移動を乗り越える
英文作成:論理的つながりと主張とを明確にするために省略を補う
英語は主語(トラジェクター)が優先的に際立ったものとして捉えます。そしてその主語が、ある対象(ランドマーク)に力を及ぼし、その対象を変化させるというのが、英語の基本モデルです。英語ではこのモデルにしたがって事態の説明がなされますが、その際には事態の外側に自らの分身を置いて、その分身が不動のまま、一つの固定点から事態を評価・判断していきます。事態を外の固定点から客観的に眺められるので、ある事柄について私たちが英語で説明を受けると、構成感覚がしっかりとしている印象を受けるわけです。
ところが日本語では相手との共同注視枠をまず設定し、その枠の中である周辺事態を列挙して話題を焦点化していくモデルになっています。そして共同注視枠のなかに話者・書き手の視点は埋没しているので、共同注視枠が変わるごとに、視点の位置も移動していきます。そのために長い説明を受けると、各部分の説明は完結していても、全体としての有機的なつながりが欠けている印象が生じてしまいます。
こうした英語型と日本語型との違いがあるために、日本語の発想で英語を介して何かを説明しようとすると、下の表のような英語になってしまうわけです。
話題1:国際会議に出るので、ズームでイギリス人に英語を教わっている。
話題2:そのイギリス人の先生、スコットランドなまりが強くて、最初とまどった。
話題3:でも、よく聞いていると、分かってくるようになった。
Topic 1: I have been learning English from a British person via Zoom to attend an international conference.
Topic 2: I was annoyed with her strong Scottish accent at first.
Topic 3: But I tried hard listening to her to get used to it, and now I understand most of what she says.
表1 日本語型発信の英訳
英訳にあたっては、日本語では省略されていた主語が補われ、次に日本語では文末にあって話題を焦点化する動詞が、英語ではその役割を変えて、主語がどういう力を及ぼすのかを示す動詞として主語に付け足されます。そして、日本語では周辺事態にあたる事柄のなかで、いったい何が主語と動詞の関係から力を受けるものなのかを類推して対象(ランドマーク)を選び、動詞につなげていきます。そしてその作業途中で残ってしまった他の周辺事態を不定詞、前置詞などを使って、基本型<トラジェクター→ランドマーク>に加算していきます。
しかし日本語型を英語型にこのように転換することで何が起こるかといえば、発信されたメッセージの曖昧化です。表1の話題1-3までの流れは私たち日本人にはなんの違和感もありませんが、それは語り手の共同注視枠に私たちが受け手として没入することができるからです。ところが英語認知パターンでは日本語のような共同注視枠が当然視されていません。そのために、日本語型ではこの枠内で省略可能であった主語を、英語型では補わなくてはならなかったように、この枠内で省略されているはずのその他のことも補う必要があるわけです。この補いがないと、受け手が話し手の意味を理解しようとしても、何をどう補うのか類推することを迫られ、しかもその類推はこれかあれかと四方八方に分散し、受け手としてはその類推のうちどれを選択してよいのか判断に困るわけです。日本人の書いた英語が、論理的に飛躍がありすぎると英語母語話者から頻繁に指摘の受ける原因は、語法の貧弱さや語彙の誤った選択という外国語ゆえに背負わなくてはならない不都合さがもちろんあります。しかしそれだけではなく、私たちが共同注視枠にあまりに慣れているために、英語で表現する際にもその枠内で省略されてしまっていることを補わず、表1のような日本語の字面を英文へという置き換えで事足れりとしていることが、日本人英語を分かりにくくしている要因だと考えられます。
だから英語で表現するときには、共同注視枠によって何が省略されてしまっているかにそれこそ注視して、その省略を浮かび上がらせ、英語として表現していかなくてはならないのです。この補いはメッセージ内に潜む論理的な飛躍を見つけて、飛躍を補うための言葉を探し、それを英文として組み立てていくという作業にほかなりません。
この論理的な補完作業に加えて、英文での表現の際には、視点の移動も極力少なくして、<モバイルカメラ>ではなく<スタジオカメラ>で撮影するように、伝えたい事柄を撮り直していく作業も必要になります。日本語では視点を眼前の話題にだけ向けて、視点をその話題の中に埋没させ、次の瞬間には別な話題へと移っていきます。眼前の話題から別な話題へと移っていくと、そこでも凝視・埋没が起こり、発信者はほとんど自覚がないままに、視点を移動させていきます。そのような視点の移動を避けて、一つの主張に軸をおいて、その軸を外のある一点から見つめながら話題を展開していかなくてはならないのです。
印象深い例を一つあげると、放送大学で教えていたとき、ある若い女性が次のような英文を書いてきました。
(1 a) 私、マリリン・モンローのファンなのですが、私の胸は小さいのです。
(1 b) (ア)I love Marilyn Monroe, but (イ) my breasts are small.
この英文は、(ア)と(イ)では視点が異なっているだけでなく、省略が多く、どういう主張を提供したいのかも曖昧です。視点を固定させて、省略を補い、話題を論理的につなげて主張を明瞭にするなら、例えば次のような文になるのではないでしょうか。
(2 a) 私、米国の有名な魅惑女優マリリン・モンローのファンなのですが、
(3 a)モンローのような豊かな胸ではありません。
(4 a)ですがここはファンの意地として、豊胸手術を受けようと思っています。
(2 b) I love Marilyn Monroe, a famous American glamour model,
(3 b) but unluckily I have much smaller breasts than hers.
(4 b) As a great fan of hers, I’m planning to have breast augmentation surgery.
論理の補いと主張の明瞭化という作業は、日本人が英語で表現する際にはその認知パターンの違いゆえに、どうしても必要なのです。
もう一つの例として、表1の話題1-3を英語型に書き換えてみましょう。補いと明瞭化を経たときの日本語表現は話題2a-3a のようになるかと思います。そしてこの日本語表現を英語に直す際に例によって主語などの補いと主張への論理的な流れが途切れないように工夫していくと、Topic 2b-3b のような英語表現に落ち着くのではないでしょうか。Topic 2bにもTopic 3bにも話題1に論理的につながるように多くの補いがなされています。そしてTopic 3bの末尾では、最終的に伝えたい主張が、相手への問いかけという形でまとめられています。
<元の文>
話題1:国際会議に出るので、ズームでイギリス人に英語を教わっている。
話題2:そのイギリス人の先生、スコットランドなまりが強くて、最初とまどった。
話題3:でも、よく聞いていると、分かってくるようになった。
<修正文>
話題1:国際会議に出るので、ズームでイギリス人に英語を教わっている。
話題2a:そのイギリス人の先生にはちょっと問題があった。スコットランドなまりが強いんだ。先生を変えてもらおうかと思ったが、思いとどまった。国際会議に出て出席者と交流するのだから、これからたくさんのお国なまりと出会うことになる。ならばさきにお国なまりに慣れておいたほうが、会議での練習になると思った。
話題3a:何回かレッスンを受けているうちに、なまりに慣れてきて、今ではほとんど問題なく聞き取れるようになった。この英語の上達ぶりでいくと、会議に出てもきっとうまくいくと思ってるところなんだ。
Topic 1: I have been learning English from a British person via Zoom to attend a prospective international conference.
Topic 2b: I had a problem with my English teacher. She speaks English with a heavy Scottish accent. I thought to make a request to change my tutor, but on second thought I didn’t. You cannot mingle with participants in the conference unless you get used to many indigenous accents. I started to think it was part of fruitful preparation for the conference to get accustomed to such an accent.
Topic 3b: Fortunately, I got used to her accent in a few sessions. I almost have no difficulty understanding what she says now. Don’t you think this improvement in my understanding English might guarantee my participation in the conference will be fruitful?
表2 日本語型を英語型に転換した英訳