サピア=ウォーフ仮説の道程:人間の認識と外界の対象との関係  (2) ウォーフの提言

言語活動: 外界の切り取り→概念化→意味付け 

The world is presented in a kaleidoscopic flux of impressions which has to be organized by our mind……. We cut nature up, organize it into concepts, and ascribe significances as we do, largely because we are parties to an agreement to organize it in this way—an agreement that holds throughout our speech community and is codified in the patterns of our language. The agreement is, of course, an implicit and unstated one, BUT ITS TERMS ARE ABSOLUTELY OBLIGATORY.

(Whorf, Benjamin Lee. 1956. “Science and linguistics.”(1940) John B. Carroll, ed. Language, thought and reality. MIT. p. 212-14.)

外界は、万華鏡のように変化する印象の流れとして現れるので、その流れを精神が秩序立てなくてはならない。…自然は切り取られ、切り取ったものが概念として整理され、切り取られ整理されつつ、同時に意味づけがなされていく。これは、人がそのように秩序立てることに合意している主体だからであり、この合意はその人の言語社会全体に通用し、しかも言葉の型として体系化されている。この合意はもちろん暗黙の了解であるのだが、合意内容の遵守は絶対である。[強調はウォーフ自身]

 ここで述べられていることを具体的な例に即して説明すると、次のようになります。冷たいオレンジジュースを飲むと、歯がしみますが、それはほんの一瞬で、その印象は次の瞬間にジュースの甘さに圧倒されます。そして、次にはそれが食道を通って胃に落ちていくのを感じます。冷たい、オレンジジュース、飲む、歯、しみる、甘い、食道、胃、落ちるといったように、外界は「切り取られ」、「概念として整理され」ています」。そして、「歯がしみる」場合、これは虫歯の兆候です。歯科医にチェックしてもらう必要があります。さらに、何をオレンジと言い、どれをジュースと呼び、歯は歯茎と区別しなければなりません。どこからを冷たいと表現し、どんな味を甘いと感じるのか、これは、自分の意志とは無関係に「言葉の型として体系化されています」。なぜ意志と無関係と言えるのかというと、甘いとする基準や苦いとする基準の「言葉の型」(語彙のシステム)や、「これは冷たくて甘いオレンジジュースです」と表現する「言葉の型」(文法的カテゴリーや構文法の型)は、個人が生まれる前から既に存在していて、その「言葉の型」を自分の意志で意図的に変えることは事実上不可能だからです。さらに、「これは冷たくて甘いオレンジジュースです」と述べるべき時に、「それは炭酸水、温かくて辛い」と言って「合意内容の遵守」を破ると、その人の言葉は言語社会全体に通用しなくなります。

 ここでの主張は、使用している言語によって「言葉の型として体系化されている」その体系は異なっているため、外界の捉え方は影響を受けるということです。これは言語相対説と言われています。同時に、こちらの引用は、体系が異なることから、それぞれの言語はその言語を使用する人の外界の捉え方を決定するとも考えられます。この考え方は言語決定説と呼ばれています。

 なおここでは詳しくは触れませんが、この引用で奇妙な点は、切り取り→概念化→意味付けという人間による言語化の活動を、その言語の成員がそういう活動をすると「合意している主体」だと捉え、社会契約論の発想が言語観の説明途中に入っていることです。この発想は、アメリカが国家は自然に生まれ、徐々に形成されるという歴史のある国ではないことに起因していると考えられます。メイフラワー条約に象徴されるような契約がまず前提としてあり、その契約にたいして各個人が自発的な意志をもって合意する、そういう個人の集合体として国家が成り立つというのが、アメリカ人が抱く国家観です。こうした人為的ともいえる国家成立観が、ウォーフの思考に影響あるいは思考を決定しているのかもしれません。ですので、外界の捉え方に影響をもちあるいは決定するのは、「言葉の型」だけでなく、言語が使用されている国の歴史も影響力をもつのではないかと考えられます。実際に、先ほどの引用と同じ時期に書かれた別な論文の中で、ウォーフは国の歴史によって国民が影響を受け、国民の外界の見方が変わることに言及し、それを「言葉の型」とは別な「文化規範」という用語で表現しています。そして、「言葉の型」と「文化規範」は相互に影響しあいながら進化していくと述べています。

How does such a network of language, culture, and behavior come about historically? Which was first: the language patterns or the cultural norms? In the main they have grown up together, constantly influencing each other.

(Ibid., “The relation of habitual thought and behavior to language.” (1939) p. 156).

言語、文化、振る舞いは、歴史上ではどのように絡みあっているのか。言葉の型なのか文化規範なのか、どちらが決定しているのか。概して、両者は手を携え互いに影響を及ぼしあいながら成長していったのだ。

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