◆二元対立の英語感覚◆《1⇔多》  複数形に隠れている含蓄


複数形:境界、個性、一般的実情

 兄と弟を区別しない brother という単語を最初に習ったときに、英語ではこの区別がないことに驚きます。しかし逆に、指し示したいものが1個なら a を付け、2個以上ならその単語の語尾に s を付けるという単数・複数を区別することもさることながら、その区別を単語の形の変化によっても表すとはなんとも面倒だと、日本人なら誰しも感じたはずです。そして英語を学び使っていくうちに、たとえば challenge などのように英単語の語義が日本語の単語とは重なり合う部分とそうでない部分があることに注意する癖がついてきますし、名詞に a を付けるのかどうかにはそこそこ神経を使うようになります。しかし複数形 ―s については、ただ漫然と対象のものがいくつかあれば ―s を付ければよいと簡単に済ませてしまいがちです。
 しかし実際に英文を書いてみて気づくのは、 a も ―s も付けずに名詞がそのままの形でよいと思われるはずのところが、複数形になっているケースが非常に多いことです。
さっそく、例文を見てみることにしましょう。


As the climate crisis creates warmer winters and early springs, strawberries face significant challenges in their growth and yield.

「気候危機により冬は暖かく、春は早くなり、イチゴの成長や収穫量に大変な影響を及ぼしています。」


 イチゴ strawberries が複数形になるのは、気候変動で影響を受けるのが一個のイチゴではないから、すぐにわかります。しかし、なぜ winters, springs と冬や春が複数形になるのでしょうか。冬や春は一年の中で決まっているから the winter, the springとなるはずで、それが複数になるとは。また「大変な影響」、つまり気候変動に対応するという難題は一つのはずなのに、なぜ複数形 challenges になるのでしょうか。
それを解く鍵は、名詞が単数形から複数形に変わったと考えるよりも、複数形になった名詞の特徴をはっきりさせることだと思います。
  (1) 名詞が表す内容の一つ一つが、他と区別するための境界がある。
なぜなら
  (2) 内容の一つ一つに個性がある。
その結果、
  (3) 名詞が表す具体・個別の内容を大きな枠でくくる一般的な実情を述べる。
例文の場合、
  (1) 今年の暖冬や早春は昨年の暖冬や早春とは区別できる境界がある。
なぜなら
  (2) 今年の暖冬や早春は1年毎に違った特徴をもつものとして意識される。例えば前年の暖冬と5年前の暖冬とは同じ暖冬でも違った特徴があり、独特の個性がある。
その結果、
  (3) 暖冬・早春という大きな枠でくくれる一般的な事象を表す。

Warmer winters each year

 次に、「難題に直面する」face significant challenges ですが、これも気候変動ゆえにイチゴが直面する難題には別々のものがあり、それぞれに独特だということです。例えば開花時期後の冷害、土の湿気などの水害、害虫の発生などの病害などがある。これらは別個のものですが、「難題」という一般的な事象としてくくることができます。さらにこの challenges にはもう一つの含意があります。それは、
(4) そういう実情が何度も起こり経験する。
つまり、「難題に直面する」には一回きりではなく、その種の難題に2回以上も見舞われるということです。

Some different challenges

 これに対して、「成長や収穫量」growth and yield が複数形でないのは、
  (1) 今年の「成長や収穫量」と昨年のそれと区別されず、
  (2) それぞれの年の「成長や収穫量」に個性があるとは見なされず、
  (3) 「成長や収穫量」を具体・個別からなる一般的な実情としてではなく、抽象的・総論的な形で述べている。
 抽象的・総論的なということをもう少し掘り下げていうと、輪郭をもった一定の形のあるものとして見なしていないということです。輪郭とは(1)で言及している境界があるということですし、一定の形とは条件(2)の個性ということです。例文では、「成長も収穫量」も各年ごとの具体・個別で考えているのではなく、葉が出て、花が咲き、実を結ぶといった漠然とした成長、収穫すれば必ず上がってくる漫然とした量として考えているわけです。
 なぜこのように「成長も収穫量」が抽象的・総論的に考えられているかといえば、発信者(書き手)は成長のスピード、収穫量の多寡を意識の焦点においておらず、難題があるということに文意を向けているからです。
 ここで英語の文は、<旧情報→新情報→補足情報>という流れで文頭から始まることを思い出してみると、
  【旧情報】strawberries→【新情報】face challenges→【補足情報】growth and yield
となっていることが浮かび上がってきます。「成長も収穫量」は、補足情報なので抽象的・総論的に取り扱ってよいのです。
 もっとも私たち日本人の感覚からすれば、暖冬、早春、難題が複数形なのだから、それに連動して「成長や収穫量」も growths and yields としたくなります。実際、そのように書いても間違いにはなりませんが、複数形にしてしまうと、
  (1) 今年の「成長や収穫量」と昨年のそれとは別個のものとして区別され、
  (2) それぞれの年の「成長や収穫量」に個性があり、
  (3)「成長や収穫量」を具体・個別からなる一般的な実情として述べる
ことになります。
 例文では成長、収穫量が色々と変わってきますよということではなく、イチゴが直面する難題がさまざまで、イチゴはそれに何度も何度もぶつかるということを発信者が伝えたいのです。



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