無生物主語 Part 2:人間にはあらがえない意志が働く


無生物主語:意志が働いている

前節であげたコロナの例に戻ると、
(1) Covid-19 has dramatically changed how we do our shopping.
 コロナが起こったので、買い物の仕方が劇的に変わった。

和文からもすぐにわかることは、コロナという原因があったので、買い物の仕方が変わったという結果をもたらしたという因果性です。
 しかしこのコロナという因は、何かを原因として生じた結果でもあるわけで、その原因は、たとえば生物兵器研究所で培養されたウィルスが漏れたといったことです。しかしウィルスが漏れたという因も、同様にそれに先立つ何かを原因として起こった結果ですから、さらにもう一つの因果性が考えられます。このように一見単純にみえる因→果ですが、因を遡っていくと、因→果, 因→果, 因→果といったように、因がどこまでいっても終わらないことに気がつきます。
こういうように終わらないことを無限遡行といいますが、この無限遡行を打ち止めにする最終原因が、その究極の地点で働いていると考えられている意志です。この意志は、ユダヤ・キリスト教の伝統では、この世を創造した神の意志です。またギリシアの伝統では世界を支配している運命のといってもよい不可視の意志です。つまりあらゆる原因の大本では、人間の意志とはまた別種の意志が働いていると考えられているのです。それも神や運命の意志ですから、人間の力ではとうてい抗えないような意志です。人の力ではどうすることもできないことは、ユダヤ・キリスト教ではただの羊飼いダビデが巨人ゴリアテと戦いイスラエル解放の指導者にさせられるといったこと、ギリシアでは父親と知らずに予言通り父親を殺してしまうオイディプスの例からわかります。
話を元に戻すと、
(因)コロナが起こった→(果)買い物の仕方が変わった
という表面的な因果性とは独立して、真相として人知の及ばない意志がそこにすでにいつも働いていることになります。ということは、コロナという無生物によって、買い物の仕方が変わったわけですが、人が抗えない究極の意志が無生物に作用して、その無生物が内に秘めている潜在的な力が発揮したからこそ、この因果は起こったことになります。そしてこの究極の意志が背後に隠れてしまうと、まるで無生物そのものが意志をもっているかのように扱われても、不思議でなくなるのです。
だからこそ、英語の表現では、

(2)Covid-19 has infected millions of individuals worldwide.
世界中で何百万人もの人がコロナに感染した。

(3)Covid-19 struck unexpectedly, leading to widespread disruptions.
コロナが突然出現し、広範囲にわたり流通が滞った。

(2)の訳文では、人がコロナに感染するとあり、コロナには意志がないものとみなされています。ところが英文では、コロナが人に感染するとなっています。和文も英文も、コロナには感染力という潜在的な力が宿っていることを想定しています。しかし英文ではまるでコロナが意志をもった生き物であるかのように、今はこの人 an individual、次はこの人といったように、個々人に感染して広げていくのです。つまりコロナの感染力が眠ったままではなく発揮されるのは、コロナに意志的なものが作用してその力を発動したとみなされているのです。また(3)では、日本語からするとコロナがどこからともなく自然に現れたことになってしまいます。しかし英語では「襲う」という言葉が使われ、やはり「襲う」という潜在的な力がコロナが示す意志によって発揮されたとみなされていることがわかります。
 無生物にも意志が宿り、その潜在的力を発揮するという図式が飲み込めると、次のような無生物主語の文がなぜ可能なのか、腑に落ちるようになります

(4)The room echoed with laughter and chatter as friends gathered for a celebration.
友人がお祝いで集まると、部屋には笑いと話し声が響き渡った。

日本語訳では部屋は、笑いと話し声が起こっている場面がどこなのかを指示するだけにすぎません。しかし、英語では部屋が笑いと話し声を反響させる潜在的な力をもっており、部屋は意志を働かせてその力を発揮し、反響させたということになります。
 また次の例文での部屋も、同じように力と意志をもっています。
(5)The room felt cozy and inviting, thanks to the soft, plush carpet and comfortable furniture.
この部屋は入りたくなるし居心地がいいが、それは豪華な柔らかい絨毯と心地よい家具があるからだ。

ここの訳文中の部屋は、たんにどこがなのかという場所を指示するにすぎません。ところが英文では、部屋がまるで意志をもった人間のように、人をこの部屋へと「誘う」inviting わけですし、さらには人間並みに「居心地がいい」 cozy と感じたりもしているわけです。
 無生物が意志を働かせるという発想は、とくに(5)などでは日本人として気持ち悪さすら感じますが、実は結構、お目にかかっています。次のような文は日本語としてすっきりわかり、潜在的な力に意志が働いていることは隠れてしまいますが、少し立ち止まって考えると、やはりそこには力も意志も想定されていることがわかります。

(6)The room had a minimalist design, featuring only the essentials and plenty of open space.
その部屋はミニマリストの考えでしつらえられていて、本当に必要なものだけを備え、広い空間が十分にある。

部屋はその潜在的力を発揮して、必須のものだけ、そして広い空間を意図的に提供しているのです。
 もうひとつ類例をあげれば、
(7)Workplaces have invested more resources than ever into mental health programs.
メンタルヘルスについて職場ではこれまでにないほど資力が投入されている

訳文中の職場は、たんにどこがなのかという場所の指示ですが、英文では職場が意志を働かせて潜在的に眠っていた資力を起こしているわけです。


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