◇愛のエンブレム◇ [賛辞 4] リチャード・ヴァースティージェン
稀なる才能を多く備えた魅力的な著者.
オットー・ファン・フェーン氏への賛辞
オルペェウス✒は、竪琴の気高い調子の旋律を静めることなく、
巨人族たちの戦争✒を奏でている。巨人が丘に丘を重ねるときのありさまや、
強きユッピテル神が、どのように巨人たちの傲慢な試みを力で
無益なことにしてしまったかを。
時折、オルペェウスは、竪琴のしらべをなめらかな気品ある歌へと合わせ、
ウェヌス女神が自分の子供のアモル神の罠に落ちてしまい、
アドーニスに愛を迫り、キスし、やさしく抱いたさまを歌いつつ、
心配でしばしば動きのとれなくなる愛は どんなに楽しくみえるかを奏でる。
そのようにフェーンも、学んで疲れたときの安らぎのため、
『ホラーティウスのエンブレム』✒では、価値ある論題と、賢明な哲学を奏でる。
しかしここでは楽しめる主題を通じて、フェーンは愛の特徴のひとつひとつを
示すことによって、またしても称賛を受ける。
フェーン自ら、こうしたことやそのほかのことにも、
自分が多くの優れた才能に恵まれていることを、世界に十分に明かした。
こうしてこの人は、そのすばらしい技芸をさらに愛する理由を示し、
そして自分自身を技芸ゆえにさらにいっそう愛される者としている。
R. V.✒
〖注解〗
オルペェウス:ホメーロスと並び称された伝説上の詩人。竪琴の発明者といわれ、歌と音楽の巨匠として崇拝されている。『神統紀』や『アルゴナウテース遠征譚』(いずれも偽作)の作者と信じられていた。
巨人族たちの戦争:『神統記』に記述されているオリムポスのティーターン神族のこと。彼らは母ガイアの勧めによって父ウーラヌスの男根を切り取り、神々の支配権を奪った。これにたいしてティーターン神族のクロノスを父に持つユッピテル神は、戦いを挑み、10年後に勝利をえて彼らを幽閉する。
アドーニス:キプロスの王女ミュラの美しさを、ミュラの母である王妃が宣伝するのに怒ったウェヌス女神は、王に恋の情を吹き込み、王と王女を近親相姦させてしまう。その不義の子がアドーニス。ウェヌスが、この青年を不憫に思っていたところ、アモルから黄金の矢を射られて、アドーニスに恋をしてしまう。
『ホラーティウスのエンブレム』:フェーンのエンブレム集の処女作(1607年)。ホラーティウス[➽21番]の詩作を引用しながら、正義、公正、節制などの道徳を示している。その図絵は、本エンブレム集よりも精緻で、その写実性は他のエンブレム集をはるかに抜きんでている。
R. V.:リチャード・ヴァースティージェン (Richard Verstegen)。本名リチャード・ローランド (Richard Rowlands)。フェーンがオランダ語で書いた解説詩の英訳者。カトリック教徒であったために、英国国教会のイングランドを1577年に去ってアントワープに渡った「国教忌避者」(recusant)。アントワープで印刷所を起こし、イングランド向けにカトリック信徒として出版活動を行った。
❁参考図❁

セバスティアン・フランクス(Sebastian Vranckx)「オルペェウスと動物たち」1595年頃
オルペェウスが中央の丘で音楽を奏でている。その音色に魅せられて森の動物たちが集まっている。ただしそこには一角獣などの幻想獣や、大航海時代を反映した諸外国の動物(ダチョウやラクダなど)の姿が見られる。なおオルペェウスの楽器はヴァイオリンになっているが、この種の歴史的不正確さは16-17世紀の特徴でもある。