◇愛のエンブレム◇ 119

Virg.                MENS IMMOTA MANET.

Templus edax rerum pennas decurtat Amoris,

Sed vim, tela, faces non domat vlla dies.

Sic licèt imminuat Venerem ætas languida amanti:

Non tamen affectus tollitur omnis ei.

ウェルギリウス        心は不動のまま。

ものを食らう<時>は、アモルの羽を切ってしまうが、

どれほど月日が経ようとも、アモルの力、矢、松明(たいまつ)には勝てない。

         それと同じく、愛するものは歳をとって衰え、その愛が弱くなっても、

愛する気持ちの何もかもが消えてしまうわけではない。

恋心はいつでも若い

    アモルの翼にハサミを入れて、

昔よりも低く飛ばせるのは、ただただ<時>の仕業。

でも、<時>は、羽があらわすアモルの意図まで切り捨てられない。

年寄の荷馬車引きも、バシバシいう鞭の音が聞きたいのだ。


❁図絵❁

アモルは<時の(おきな)>に無理矢理つかまれている。大きな翼をもってそれこそ走馬のように進む翁は、アモルの翼を鎌で切りとろうとしている。鎌は、翁がすべてのものを破壊し死に至らしめることの象徴。

❁参考図❁

クイリエン・ファン・ブレケレンカム (Quiringh van Brekelenkam)「暖炉の前で食事をする夫婦」1660年代

パンとチーズにスープという典型的な質素な食事をする老いた夫婦の間には、部屋の雰囲気からすると会話はあまりないのかもしれない。暖炉を覆う壁ははげ、調度や飾りも古びているが、暖炉の炎が燃え続けているように、夫婦の間には愛は弱々しくとも生き続けているのだろう。


〖典拠:銘題・解説詩〗

ウェルギリウス:[➽3番]「心は不動のまま」(『アエネーイス』4巻449行)[➽15番]。カルターゴーの女王ディードーのもとで歓待を受けた英雄アエネーアースが、女王のもとを去ってローマに向かおうとしたとき、今しばらくいるよう引き留める女王の懇願にあう。「こちらからそしてあちらからと、たえず懇願を英雄は受け、/その勇猛な心にも悲しみが生じるが」(447-448行)、それでも心を動かされない英雄の心境を述べたもの。別れる決断を変えないということを、フェーンはここでは愛をいつまでも変えないことに改変している。

典拠不記載:一行目の<時>に関する部分はオウィディウス。「ものを食らいつくす<時>よ、そして嫉妬深い<時代>よ」『変身物語』(15巻234行)[➽世番]。またシェイクスピアは「ものを喰らいつくす<時>よ」と呼びかけ、「僕の愛する人の美しい額に、時の印を刻んでくれるな」(『ソネット集』19番)と述べて、美貌の衰えを恐れている。これに対してフェーンは、人間の恋愛は弱くなることがあっても、けっして滅びないと、愛する力を強調している。

〖注解・比較〗

鞭の音:馬が速度を上げて馬車を引くことに快感を覚えるとは、スピード狂ということではなく、当時はむしろ、欲望や激情の暴走をあらわしていた。

歳をとって:「大荒木の 森の下草(したくさ) おいぬれば 駒もすさめず 刈る人もなし」(古今和歌集 892)。大荒木の森の下草が成長しすぎて古くなってしまったので、馬も喜んで食べなくなり、刈る人もいない。「おいぬれば」は「老い」と「生い」とを掛けている。自分は歳を取ったので、男性は誰も自分を相手にしてくれないという嘆き。大荒木は地名という説と、天皇の遺体を荼毘に付すまで安置しておく場所という説がある。また、この歌は、光源氏が60歳近くなった女性・源内侍(げんのないしのすけ)と出会ったとき、扇を交換するが、彼女の扇は真っ赤な紙に金泥で塗りつぶすように森が描かれ、「その端に、筆跡はたいそう古風ですが、なかなかの達筆で、〈森の下草老いぬれば〉 など書き流してあります」(瀬戸内寂聴訳 源氏物語 紅葉賀(もみじのが))。この老齢で男に相手にされない源内侍と、20歳の光源氏は付き合うことになる。


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